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12月 20, 2009の投稿を表示しています

言葉を持った人間

普段はすっかり忘れてしまっているのだが、人間が言葉を持っているということは、本当に素晴らしいことだ。もしも人間社会に「言葉」という道具がなかったならば、本当に大変なことになる。手紙どころか、メールも打てないし、本も読めないので、なんの知識を得ることもできないだろう。自分の生活の範囲で得られる情報だけにかこまれて、他国のことも知らず、過去の歴史も知らずに生きていくことになる。
だけど、この21世紀初めのような、不景気で殺伐とした世相になってくると、人間が「言葉」を持っていることで起きる厄災の方が目立ってきて、もしかしたら「言葉」なんてものが無かった方が、世の中は平和だったのではないか、なんて思えてくるのだ。

政治家がうっかり漏らした「言葉」。だれかがうっかりブログに書き込んだ「言葉」。いままでは、特に新聞やテレビといった、大メディアが取り上げなかったような「言葉」は、現代の拡声装置であるネットに乗って、思いも寄らない規模で拡散していく。すると、これがまた思いも寄らないトラブルになって、名誉毀損やらなんやら、無くてもよかったような騒動に発展していく。

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武士の二言

武士の二言
「武士に二言は無い」という表現は、「うっかりすると切腹を申しつけられる」封建時代のものだったはずだ。現代の政治家にとっては「二言」だろうが「三言」だろうが、とにかく「言いたい放題」が通用した時代もあった。しかし、ネット時代の政治家にとって今や「二言」は、命取りになる。
政治家が「コトバ」を使う時には、のらりくらりと表現を濁すのが上策。だけども政治家も人間である以上「ついうっかり」ということもある。時々、はっきりと、ものを言ってしまう衝動を抑えきれなくなるらしい。はっきり言ってしまった「言葉」は、「言質」という人質にとられ、敵方に利用されることになる。
鳩山首相が日米首脳会談で言った「トラスト・ミー」は、おそらくオバマ大統領に対しての最大級の「友愛」の表現だったに違いない。鳩山由紀夫という個人としては、一点の曇りもない「心情表現」なのだろう。しかしその言葉が一国の首相から発せられた「信条表現」として受け取られて、ちょっと迷走がはじまっちゃったのね。

綸言汗のごとし

慎重かつ着実に持ち前の政治的手腕を発揮し、盤石の基盤を築きつつある、民主党・小沢幹事長。でも最近、ちょっと失言が出てしまったかも。綸言汗のごとし。いや、私自身をいさめているのですよ。