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1月 10, 2010の投稿を表示しています

MUSIC FOR THE FUTURE 2010

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本日、原宿の[FAB]というライブハウスで、学生の運営によるチャリティーコンサートが催されました。タイトルは「Music For The Future」と言って、ベトナムのガオ村での教育事業への支援を目的としたものでした。出演者は、東京工科大学の出身アーティストもふくめて6組。夜7時から10時過ぎまで、それぞれ大熱演でした。
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[Music For The Future] 2009年1月16日(土) 原宿FAB ____________________ [出演者] 黒倉由美子 / fuu / 乱舞虎(らぶとら) 玉城ちはる / ダイスケ / HoLYWooD ____________________ [主催・運営] 東京工科大学 TUT Music Support
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バーン・アフター・リーディング

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離婚訴訟を扱う法律事務所で働く「コニー」というおばさん。彼女が通う"HARDBODIES"というスポーツジムのロッカールームでうっかり忘れたCDディスク。このCDには、依頼人の夫が書きかけていた「暴露もの自伝」のデータが含まれていた。このCDが拾われたことが原因で、関係者のうち三人が人生の破滅に追い込まれる。
いつものように、コーエン兄弟の脚色が冴える本作。偶然と必然の網にかかった「関係者」が、運命の糸を引っ張り合いもつれあい、はては拳銃や手斧を振り回して大乱闘。そんな姿に引き込まれているうちに、あっという間に悲劇の終幕へと大疾走。最後は神の視点のような俯瞰ショット。地上遙か天上からの視点で、この映画は観客に語りかける。「あなたも気をつけて。あなたの人生は大丈夫?」

この映画に登場するのは、以下の四人の壊れたキャラクター。コーエン兄弟は、この四人のキャラクターは、それぞれ別々脚本のために考えられたと言っている。しかもこの四人は、もともと別々のストーリーのための役を組み合わせて作られたキャラクターだという。このように、まったく脈絡のない取り合わせが、結合することによって、観客にも(おそらく原作者本人にも)分からない、予想不能なストーリー展開が可能になるのかもしれない。

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グラン・トリノ

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上り坂と下り坂は、ひとつの同じ坂
ギリシャ時代の哲学者、ヘラクレイトスの言葉だ。坂道というものは、それを登る者にとっては難儀なものだが、下るものにとっては都合がよい。同じ坂道を行き来するのに、登るときには文句を言い、下るときには涼しい顔をする。人間とはそういうものだ。自分の置かれた状況を、よくよく考えてから文句を言いなさいよという警句だ。また、この言葉にはこういう意味もあるだろう。上り調子でうまくいっているときは、そうは続かない。今はうまくいっていても、いつかは下り調子になっちゃいますよ。いつまでも調子に乗ってちゃあかんよ。 ____________________

ヒーロー像は不滅

主人公、ウォルト・コワルスキーは、ポーランド移民という設定だが、まるで、荒野の用心棒のように、アメリカン・ヒーローのシルエットを形作っていく。ストーリーラインは、同じクリント・イーストウッド監督主演の「許されざる者」と同様。戦いの一線を退いたはずの孤独のアウトローが、思わぬなりゆきから、愛する者への敵討ちに乗り出さざるを得なくなるという筋立てだ。この辺の作りは、見る者に十分な感情的カタルシスを与えるので、見終わったときの満足感も大きい。

舞台が西部劇の荒野であろうが、犯罪にまみれた現代社会であろうが、ヒーローの役割はひとつだ。悪い奴らにお仕置きをして、この世にある「正義」をたたきつけるのだ。相手は悪い奴ほど良い。そしてその悪い奴がやったことが憎らしいほど、ストーリーは盛り上がる。正義の鉄拳をたたきつけるのが「ヒーローの役割」で、憎たらしい奴がやらかす悪事の数々こそが「ヒーローの存在理由」だ。

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