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12月 2, 2012の投稿を表示しています

百年後に誰かが開ける

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このカンは、内部を密閉することで紅茶を保存している。
僕たちは文章を書くことで自分の記憶を保存している。「記憶を保存する」て「食事を食べる」みたいで変です。でも茂木健一郎先生もいうように、僕たちの記憶っていうのは、結構自分の都合のよいように変えられてしまうものらしいから。
同級生みんなが尊敬している恩師が遺された研究ノートの表紙には「どんなに薄いインクでも記憶に優る」という文字がありました。たしかロマン・ロランの言葉ですか?
僕たちは、自分で保存しきれないほどの記憶や、あまり保存したくないような記憶も保存している。ブログとかメールとか、ツィッターとかたくさん文章を書く時代となりましたのでね。ひとりひとりの人間が考えたり、感じたりしたことを、日々電子空間(古い言葉!)に、知らず知らず保存している。そういうことだよね。

クリングゾルの最後の夏

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ヘルマン・ヘッセは、生涯の旺盛な読書を通じて、中国、日本などの東洋思想に惹かれていた。実際に南アジア方面への旅行を通じて著した「インドから」という本もありますし「シッダールダ」という本も書いています。
「クリングゾルの最後の夏」(☆1)という小説は、四十二歳で生涯を閉じようとする一人の画家を主人公にヨーロッパの没落を扱った異色の小編だそうです。読んでみたいけど、なかなか入手できないです。この小説に出てくる主人公たちは、お互いを「杜甫」「李太白」などと呼び合う。彼らの会話は、まるで禅問答。