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12月 22, 2013の投稿を表示しています

たった一度の旅で

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このところ、先人が残した日記や旅行記ばかり読んでいる。珍しくぎっくり腰をやってしまい、臥せっている。そうするとなぜか、他人の紀行文などを読みたくなるらしい。

一方、Facebookのウォールに目をやれば、知人の旅行の報告が、写真付きでリアルタイムで届く。すごいことだ。奥の細道の旅に出た松尾芭蕉が、アカウントを持っていたら、どんな書き込みをしたのだろうか。

 旅の経験というものは、時に人の心を変えてしまう。江戸末期に生きた、ある青年のたった一度の旅は、彼の心を大きく変えた。そしてそれが、日本の運命までも変えてしまったと言われるのだ。 

ツーリズムと百代の過客

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月日は百代の過客にして、行かふ年も又旅人也。もう年の瀬だが、「奥の細道」の序文にあるように、時の流れは止まることなく僕の目の前を通り過ぎていく。

日記文学というジャンルがある。ドナルド・キーン先生の研究によると、日本における日記文学は、世界的に見て非常に文学的な水準にあるのだそうだ。日本以外の国では、日記というものは純粋に記録であり、小説や随筆に比べて価値が劣るものと考えられがち。

西鶴一代女

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紅く色付いたツタの葉を見ていると、年月の移り変わりというか、大げさに考えると人生の流転のようなものを感じる。
「西鶴一代女」は、溝口健二と田中絹代の名を世界に広めた日本映画の名作。井原西鶴の作品「好色一代女」から題材を得たものだ。そのストーリーは、まさに流転の人生そのもの。幸運と不運が、あざなえる縄のように次々とやってくる数奇な運命。
宮廷に働く身でありながら、公卿の勝之助に言い寄られたのことがもとで、両親ともども都を追放となる。しかし、そこで認められて、藩主の側室に大抜擢。晴れて若君を産むのだが、その後すぐに殿様と引き離されてしまう。放浪の日々と浮沈の繰り返し。ついには最底辺の世界へと身を落とすことに。