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9月 6, 2015の投稿を表示しています

なぜ世界を目指さないのか

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ちかごろの学生さんたちからは、「海外に出て仕事がしたい」という話をなかなか聞かない。「海外へのあこがれている」という程度のことですらあまり聞かない。ましてや、「いつか海外で役立てようと英語だけは勉強してます」なんていう子にもなかなか出会わない。寂しい。

彼らにとって「海外」というものは「格安ツアーで、いつでも遊びに行けるところ」であって、「夢」や「あこがれ」という言葉を使う対象ではなくなったのか。

テレビをつければCNNのニュース。PCを開けば海外の有名人のゴシップも読める。洋楽なんかいくらでもダウンロード可能。海外ドラマだってすぐ録画。だけどね。ちょっと待ってね。言っておくけどね、こうして君がモニターを通して見ているものが「世界」だなんて、それはとんでもない話だと思うよ。

イラストは台北の国際空港のアート・オブジェです。タイトルは「Woof Woof Boy」(☆1)というのですが、その説明プレートによると、彼は、台湾から海外に出て勉強している学生らしい。夏休みに台湾に戻ってくると、こうして懐かしいフルーツを一杯食べたくなるんだって。顔がギラギラしてるでしょ。世界に出よう!という気概がある。

実際に、台湾の学生と会ってみると、日本人の学生にはない「覇気」というものをとても感じる。「世界に出る!」という情熱があたりまえで、当然英語も勉強している。みなとても大人の顔つきをしている。いました、いました。やるきがあって。世界を目指す学生が、ここ台湾に!

今夜のNHKで、八木沼純子さんが出演する「フォミリー・ヒストリー」を見た。彼女のお祖母さんは、世界史のただ中で活躍した外交官の妻。そのご主人を、病気で亡くした後も、女手ひとつで育てた子どもたちに海外で勉強させる機会を与えた。お金もない中で大きな借金をして。子どもたちにとって、日本を離れ世界を見る事の大事さを知っておられたから。

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☆1:
タイトル  Woof Woof Boy
作者 Hung Yi 
制作年:2011
設置場所: Taiwann Taoyuan International Airport

海を渡った高木先生

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台湾の玄関口である桃園国際空港には、現代アートが其処此処に配置されていて、訪問者を楽しませてくれる。ターミナルには巨大なおもちゃの飛行機がぶら下がっていたり、若手アーティストのギャラリーもあった。
イラストにしたのは、空港からバスターミナルにつながる出口で待ち構える「猫猫小姐」という作品。ちょっとブキミですが、台湾にあふれるエネルギーの化身が笑っているようで、僕はいっぺんで友達になりたくなった。
日本による50年もの統治時代があった台湾。その時代に作られた建造物はいまも沢山残っていて、いまにつながる歴史を深く感じさせられる。 台湾農業の父といわれる八田與一による烏頭山ダムのように、今もなお台湾の社会基盤を支えているものも少なくないのだ。
最近、日台の間でとても感動的な再会のドラマが実現した話を朝日新聞の記事で読んだ。1939年までの12年間台湾の烏日公学校(現小学校)で1、2年生を教えていた高木波恵先生が、二度と会うこともできないと思っていた当時の教え子たちと再会できたのだ。 先生は106歳の高齢で、教え子たちも80代後半という。
今年公開された映画「KANO」(☆1)を見て、台湾のことがたまらなく懐かしくなった高木先生は、かつて文通をしていた教え子の楊さんに手紙を出した。ところがそこはもう新しい住所に変わっていて、楊さんの居場所がわからない。あやうく返送されてしまうところだった。しかしその分厚い封筒を「何か大事な手紙に違いない」と、若い郵便局員が訪ね歩いて宛先をさがしてくれたのだ。これをきっかけに、楊さんは当時の同級生たちをさがしはじめて、20人ほどを突き止めた。
高齢の高木先生は、実際に台湾まで出かけることはかなわない。台湾の同窓生たちはネットによるテレビ会議などで対面できないかと行政当局などに支援を求めていた。そこに手を差し伸べたのが、ネット会議サービスの「ブイキューブ社」の間下社長で、日台双方で技術や機材を提供してくれた。こうして、この9月8日に、台中市の烏日小学校の講堂で、高木先生と教え子たちの約80年ぶりの再会が実現したとのこと。ほんとにいい話ですね。(☆2)
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☆1:映画「KANO」 戦前に台湾から夏の甲子園に出場して準優勝した嘉義(かぎ)農林学校の活躍を描いた作品。この作品の中で、嘉…

国王は法よりもエラいのか

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歴史の小道には、道端にめだたない草花が咲いている。そして時には、こういう小さな草花みたいな話が世界史の真実を語ってくれることがあるらしい。
たとえば、「国王は法よりもエラいのか」という疑問に答えるひとつの裁判記録があるのだそうだ。 封建時代なので法どころかすべては王族や教会の権力者たちの問答無用で決められていたのでは。ところが、14世紀のエドワードⅢ世の治世の時代ともなると、そうでもない事例が現れる。
ある州長官が、高等法院の法廷に、国王の印が押された新書をたずさえて出廷し、被告はすでに王の赦免を得ており事件は却下すべきであると申し立てた。ところが裁判所は、この申し立てを却下して、裁判所は国王の個人的な書簡を提示されただけで判決を下すことはできないと通告した。つまり、イギリス国王エドワードⅢ世は、被告を赦免することは出来ても、法を無視する事はできなかったのである。
このエピソードは、ハーバート・ノーマンの「クリオの顔」(☆1)に紹介されている。クリオというのは、歴史をつかさどる女神の名前である。彼女のひかえめで皮肉な性格は「歴史」そのものの本質を現しているのだ。「クリオの顔」は歴史の真の姿というものは道ばたの草のようなエピソードや目立たない登場人物が語るものということを教えてくれている。
学校で学ぶ世界史では、つい「勇敢な行動、軍隊の進撃と対抗、政治家の演説」など、わかりやすく派手な話ばかりが強調される。高校生が授業中に寝ないようにね。しかし、こうしたものは、どういうものかクリオの心を動かさない。エドワードⅢ世のエピソードもそうであるように、史実は退屈で目立たない資料に埋もれて読み解く人を待っている。そして、歴史に謙遜に学ぶことで偏見から解放されたものにのみ、クリオはその素顔と微笑みを見せるという。
とにかく、14世紀のイギリスの王様でさえ、法律をまげることは出来なかったのだ。ましてや現代の日本において、法律をまげて解釈するような独断専行の為政者があれば、いずれ歴史の女神クリオの不興を買ってしまうのではないだろうか。

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☆1:クリオの顔 「世界」1950年1月号に掲載された、ハーバート・ノーマンの書き下ろし論文。彼は戦時中に日本に赴任していたカナダの外交官であったが、日本研究者でもあり、同時にすぐれ…