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ぼんやりとした心

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今月はじめにNHKの「ブラタモリ・熊本篇」を二本立て続けに見たばかり。阿蘇の草千里の景色を思い出しつつ、いつかまた訪ねてみたいなどと考えていたところ。まさかその熊本に直下型地震が発生して、毎日テレビで心配するようなことになるとは思わなかった。
驚いてぼんやりしたまま、ダニエル・キイスの「アルジャーノンに花束を」、そして東山彰良の「流」を続けて読んだ。本屋で何気なく手にした二冊なので特に並べてみる理由もない。だが考えてみれば、どちらも家族の絆の話であり、長い時の流れと複雑で難しい人間関係の物語だ。
知能が高く教養レベルが上がるほど、人は人間関係に失敗する。「アルジャーノンに花束を」の主人公チャーリイ・ゴードンは発達障害の青年だ。だから、人からどんなにいじめられても平気。そもそもいじめに気付いてもいない。恨みもなければ、怒りもない。ただ時々寂しく悲しい気持ちに沈むだけ。
「流」の主人公、葉秋生は、最愛の家族が巻き込まれた報復殺人の謎を追う。戦時下の内戦。密告と粛清。明晰な頭脳に焼き付けられた復讐心は、時が経つほどに冴えわたっていく。罪が許されることは決してなく、どんなに時間が経っても怨念は消えなかった。
明晰な知能と高い教養は闘争社会を生み出す。 ぼんやりとした心なら他人を許容し協調する。 どちらがいいのだろう。