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11月 13, 2016の投稿を表示しています

チャナン・サティー

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インドネシアはイスラム教の国だけど、バリ島は特別だった。ヒンドゥー教の彫像や石塔が街のあちらこちらにあり、お香が焚かれていた。道端の同祖神の前だけでなく、商店街の道端や、レストランの入り口には「チャナン・サリー」という神々へのお供え物の食べ物や、花とお香が置かれていた。
葉っぱで編んだお皿にお米やビーフン。 昔ながらの信仰が、日常とともにある。
そういえば、日本でも昔はこんなふうに、日々の生活のどこかで、お年寄りたちが、仏様に手を合わせ、日々の暮らしの安全とちいさな幸福を祈る姿が見られたと思う。科学万能の教育と、経済優先の生活が、日々の生活から神様の存在を消し去ってしまったのだろうか。
どれだけ科学が進んでも、いまだ肝心のことはわからない。宇宙の果てがどうなっているのか、人間の意識とは何なのか、人類はどのように進化をしてきたのか。実はいまだ謎だらけ。未知の世界の領域には、神々の領域が未だにあるはずだ。
それからなによりも、バリ島の人々の笑顔が素晴らしかった。空港まで送ってくれて握手をした、タクシー運転手のマディさん。彼の車のダッシュボードにも、チャナン・サリーが置かれていた。

あなたの中のカエル

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私たちのボディプランは、カエルのボディプランとよく似ている。体の先についている頭部に、ふたつの眼、鼻と口がある。体には前と後ろがあり、体の両側には二本の腕と二本の脚がある。腕立て伏せのような体制で頭を持ち上げることができる。
こうした類似は、カエルから人間にいたる進化を示唆している。何億年もさかのぼった地層からでてくる化石は、カエルの構造が少しずつ人間に近づいていくことを教え、カエルDNAパーツの多くは、いまも人類の体の構造を決定するために使われる。
発生学と遺伝子研究が結びついて「エボデボ(発生進化生物学)☆1」という新しいジャンルの学問が生まれた。そこにさらに古生物学の化石研究が新しい論証を加える。ニール・シューピンによる「ヒトのなかの魚、魚の中のヒト」という本は、生物学におけるこうした驚くべき発見の数々を、順序立ててわかりやすく教えてくれる。
彼は、研究室で胚の発生過程を観察する生活と、北極圏に露出する岩盤を渡り歩いて化石を収集する生活をダイナミックに行き来する研究者だ。水生動物から陸生動物への進化をつなぐミッシング・リンクであるティクターリクを発見した。しかし、そのシューピン博士にも、何年もの間収穫もなくさまようだけの空しい時もあった。
そんな時に彼はこうするという。
「非常に子供じみて、惨めとさえいえる作業と、人間の知的目標の一つが背中合わせであることを、私はしっかりと認識していた。どこか新しい場所を発掘するとき、私は毎回そのことを自分に言い聞かせる」☆2

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☆1:evolutionary development biology ☆2:出典:ニール・シューピン「ヒトのなかの魚、魚の中のヒト(Your Innner Fish) 最新科学が明らかにする人類進化35億年の旅」ハヤカワ ノンフィクション文庫 p.107


上の人が怜悧

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NICOGRAPH2016 という学会に参加するために富山へ出張した。富山といっても実は加賀藩の領地だったところも多い。岩瀬港には、廻船問屋の土蔵を利用した食堂などもあり、明治から天保の頃にタイムスリップした感覚を味わった。
万延元年に咸臨丸で渡米した勝海舟は、帰国後幕府の老中から「異国においてなにか眼をつけたことがあろう。それをつまびらかに言上せよ」と命ぜられた。☆1
海舟は仕方なく、ありのままに「アメリカでは、政府でも民間でも、およそ人の上に立つものは、みなその地位相当に怜悧でございます」と答えた。すると、その老中は「この無礼ものひかえおろう」と怒ったという。昔の話である。
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☆1:出典 氷川清話 講談社学術文庫版 p.262 「亜米利加は上の人が怜悧」より