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Showing posts from June, 2018

360度のファンタジー

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カトビツェという街は、かつてはポーランド随一の工業都市だった。当時の面影を残すレンガづくりの重厚な建物が、炭鉱の街だった当時の雰囲気を伝えている。今は、博物館や公共施設などとして再利用されている。夕闇に浮かぶ城塞のような建物が、何かを語りかけてくるようだ。
異国の地を訪れて初めて見た景色は、あとになって360度VR動画のように記憶に蘇ってくることがある。こういう時にジャーナリストならば、こうした記憶を鮮明な言葉にして書き残すことができるのだろう。

ラフカディオ・ハーン(小泉八雲 1850 - 1904)は、ギリシャ生まれのイギリス人。ジャーナリストとして世界を巡る。明治23年に来日。英語教師として日本に暮らしながら、当時の日本文化を捉えた素晴らしい本の数々を残した。当時の日本人の生活の素晴らしさ、風景の美しさだけでなく、不思議な伝承や怪異の物語も収集し紹介した。
アクセル・ハッケも1956年生まれのジャーナリストである。新聞社でのスポーツ記事編集、ルポライターを経験したのちに物語作家となった。彼の絵本作品は独特の世界観とユーモアがあって日本でも人気だ。いつもコンビを組むミヒャエル ゾーヴァの挿画が幻想的で素晴らしい。
幻想的なファンタジーを書く二人が、ともに通信社に勤めるジャーナリストであったとは面白い。ジャーナリストには鋭い観察力と映像のように鮮明な文章表現力がある。彼らの言葉には、360度VR動画のような没入感と現場レポのような迫真性がある。それはおそらく、彼らが現実世界をまさにそのように享受しているからなのだろう。



選択できるものならば

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ポーランドの西南にあるカトビツェという街を訪れた。炭田があり鉱物資源が豊かなため、かつて重工業の中心地だった。東京工科大学との提携校である、シレジア大学で開かれたアートとゲームのフェスティバル [ LAG ]に参加させていただいた。
今はEUの一員となったポーランド。カトビツェには、真新しいコンサートホール(日本人も設計に参加)も生まれ、シレジア大学にも、放送映画学科のキャンパスが開校準備中と、新しい時代に生まれ変わろうとするエネルギーを、街のいたるところに感じた。

民主化運動の後に、資本主義経済への舵を切ることで、急激な変化を体験しているポーランド。全体的には経済も立ち直り人々の生活もどんどん豊かになっていると聞く。しかし一方で、社会主義時代にはあり得なかった若者の失業問題も生まれた。個人収入の格差も広がる。

多少は過去を懐かしむ声も出ているという。歴史を逆戻りするようなことはないにしても、いま選択できるものならば、どちらに行こうか? という重要なポイントまできているのかもしれない。

シレジア大学教員で友人のパウエルは大の親日家で、彼から見ると日本は理想的な国なのだそうだ。治安もよく人々は礼儀正しい。国境で接する隣国との紛争がない。(そもそも陸地に国境ないもんね)経済も豊かで給与水準も高い。教育レベルも高く人々は希望に溢れている。

褒められると嬉しいけれど
どれだけ当たってますかね?

日本だって、これから未来を選択する重要課題ばかりなんですけどね。親日家のポーランドの友人に説明するのは難しいし、ネガティブな面ばかりを話すのも申し訳ないし。今度、彼が日本に来た時には、どんな話をしたらいいかな?



人工的幸福感

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人間誰しも、ひとりでに幸福感を感じることはできず、
ほっておくと自然と心が落ち込んでしまうものらしい。

そのせいだろう。昔から「幸福論」にはいろいろなものがあって、どの時代にも「積極的に幸せになろう」という本が出版される。
TEDのスピーカーの中にも、ミハイ・チクセントミハイ先生のように「現代における人間の幸せ」を研究する心理学者が登場する。ミハイ先生の場合、過酷な現代社会で生きる若者が、いかにしたら幸せになれるかを具体的かつ実践的に教えてくれている。まるでお坊さんのありがたい説教のように響く、とても人助けな話だ。→ TED「フロー体験」
もうお一人、現代人のための「幸福の研究」をされているのが、ハーバード大、人気教授のダン・ギルバート先生。その幸福理論とは?(むしろ、不幸理論かな...)

人間は、いまの自分よりも「もっといい自分」を想像する。たくさんの選択肢を前にして「あれがいいかこれがいいか」シミュレーションして悩む。(脳に前頭葉があるからこんな芸当ができる)しかし、理想的な結果が自然発生的に得られることなどあり得ない。だから人間は高確率で不幸になる。
ギルバート先生の理論に照らし合わせると、日本の学生たちの「就職シーズン」は最悪だ。まさに「不幸製造装置」ではないか。あれやこれや自分の将来を想像し、どれが最高なのかを思い悩む。しかもそれはなかなか実現しないので、幸福にはならない。

幸せになるために必要なのは「人工的幸福感」というまっすぐな自己肯定力。
つまり、ありのままの自分を受け入れなさい、ということかな。
うーむ、当たり前だけど難しい、あの結論に至る、か。
人工的幸福感 = Synthetic Happiness





それでは、最後に、 ギルバート先生のTED講義のハイライト部分を、 抜き書きさせていただきますね。
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ダン・ギルバート「私たちが幸せを感じる理由」パート2より
望みは限られたものならば楽しむことができます。 けれども、望みが制限なしだと、 我々は嘘をつき人を騙しものを盗み、他人を傷つけ 我々は向こう見ずで臆病になります。
私たちの願望や心配は、自らの内で作り出されるために どちらも大げさなものとなり、 その結果何かを選んだ後も、 常に別の何かを探し求めて…

潜在自然植生

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日本の都市に見られる公園の多くは、西洋の公園のモダンな佇まいを再現した芝生公園が多い。背の高い樹木の下に丈の低い草地が広がる景観は、訪れる人に潤いと安らぎを与えてくれる。
ところがこうした景観は、生態学的にいうと人類によって破壊されてしまった結果の「荒れ野景観」に当たるのだそうだ。長期間にわたり、ヒツジ、ヤギ、牛などの大型獣を放牧した結果、森林の低層植物が食い尽くされて、「本当の森」では無くなってしまった結果だという。

長年、盲目的にヨーロッパの風景に憧れていた私にはショックな話である。新宿御苑のような広々として安らぐ景観が、実は人類の営みによってもたらされた人口的自然にすぎず、むしろ自然破壊の結果だとは。
「本来の森」とは、背の高い樹木の下に、一見すると邪魔者に見えるような下草や低木などが茂る森である。日本でいえば、各地に残る「鎮守の森」のような森のこと。そういう意味で、明治神宮の森は、80年かけて理想的な自然の森となるように設計された、完全なる都市公園林。
これを「潜在自然植生」という。人間の活動を完全にストップした時に、その土地の自然環境が究極的に支えうる状態。明治神宮の森はその状態に向かって進んでいる。
ヨーロッパや中国の森林、アマゾンの熱帯雨林の再生プロジェクトを手がける、宮脇昭先生が、数十年間取り組んだ研究から導き出された理論。私はもっと早くに勉強すべきだったと後悔しております。