器を選ぶ
NHK時代からの恩師であるH先生は、なかなかの食通であり、全国各地の老舗料亭をご存知である。ある時私は、同僚とともに京都の下鴨茶寮に連れていっていただいた。人生で初めてご馳走になった本格的な懐石料理のことは忘れられないが、その時に女将から聴いた話が、とても味わい深く思い出される。 「うちでは、板前さんたちには、いつも美術館などで勉強させてます」 「なるほど、料理は具材の配色やバランスが大事だからですか?」と軽く返してしまった私を諭すように、女将はさらに話を続けた。 「いいえ、料理の配色も大事ですが、それよりもっと大事なのが器を選ぶ感性なんです。料理を引き立てるだけでなく、お膳の組み合わせや順番で、お皿やお椀を選ぶ眼を養って欲しいのです」 当時NHKで、映像デザインの仕事に携わっていた私にとって、まさに「眼から鱗」であった。お客様に食べていただく料理そのものも大事だが、それを載せてお出しする器を選ぶこともさらに大事。テレビ番組の内容が料理だとすれば、私が担当する「デザイン」はそれを載せる器のひとつではないか。「あんたはんは器を観る眼を待ってはりますか?」と聞かれているようで、恥ずかしい気持ちになったものだ。 京都という古都には、古くから伝わる伝統があり、それはまさに生きた教科書なのだ。まさか、これがH先生の策略であったとは思わないが、美味しい料理を味わいつつも、テレビ局デザイナーとしての自分を振り返り、勉強させていただく機会となったのである。