Posts

Showing posts from July, 2015

王様じゃなかったの

Image
豊かな自然と資源に恵まれた王国・ザムンダに君臨するジョフィ・ジャファ国王。(☆1)この国のすべては、彼の意のままに決められている。ひとり息子であるアキームが二十歳になった日、国王はアキームの結婚相手を、隣国の王女とすることを勝手に決めてしまう。当然である。ザムンダ国の法律には「王子の妃は国王が選ぶ」と、ちゃんと書いてあるのだから。 コメディ映画「星の王子ニューヨークへ行く(☆2)」は、アフリカのロイヤルファミリーの話だ。ロイヤルファミリーと言っても、親子関係の問題は世間と同じ。普通の恋愛をしたい王子の気持ちは、伝統を重んじる王様の考えとは違う。王様の帝王学に従いたくない王子は、自由の国アメリカへと飛び立つ。 王子アキームと、いい加減な従者のセミが、ニューヨークのクイーンズを舞台に繰り広げる、お妃探しのドタバタは最高に可笑しい。放埓で自己中心的な人間ばかりの現代アメリカで、清純な王妃を探すアキームの奮闘は、大騒動を巻き起こす。ついに二人の暴走に気づいたジョフィ・ジャファ王は、ニューヨークまで乗り出して強権発動。アキームを無理やりに連れ帰ろうとする。

ダブルであれば

Image
ふと研究室の洗面所を見て気づいた。同じシェービングクリームの瓶が2本並んでいるじゃないか。まだ一本目に残りがあるのに、2本目を買ってしまったようだ。あわてて無駄な買い物をした。いったいいつのことだ? しかし待てよ。考えてみれば、同じものが2本あるというのも、あながち無駄ばかりでもない。どちらかが空になっても1本は残る。これならば、ある朝になって突然、「ひげが剃れない」ということもない。 いまどきは、公共のトイレでも、トイレットペーパーが2つ置かれているのが普通ではないか。いつごろからそうなったのか知らないが、おかげで昔のように「紙が無い!」とパニックになる心配が減ったと思う。必須のものがダブルであるということの効能は大きいのだ。 僕たち人間の身体だって、まさにそのように出来ている。肺、腎臓、手足も脳も、左右に2つづつある。病気や怪我で片方に支障をきたしても、どちらかがバックアップになるようにつくられている。なんとありがたいことか。 それならば、心も2つあればよかったな。ストレスの多い現代に生きる僕たちにとって、心はいつも故障の危機に晒されている。それがひとつしかないというのは、どうしたことか。心にもバックアップがあれば、仮に一個が凹んで使えない時にも、残りの一個で元気にやっていけるのにね。

草鞋をつくる人

Image
列車強盗といえば、西部劇の定番である。しかし、強盗団に「列車から降りろ」と呼ばれて出てきたのが、刀を差して、草履(ぞうり)をはいた侍だったら。それは西武の強者ゴロツキどもも腰を抜かすだろう。 三船敏郎が出演した西部劇映画「レッド・サン」のワン・シーンである。大陸横断鉄道がまっすぐに伸びる荒野に立った姿はなかなかのもの。競演の二大スター、アラン・ドロンとチャールズ・ブロンソンに少しも負けていない。いま改めて観ると、この映画なかなかたいした娯楽大作ではないか。テレンス・ヤング監督は、心から三船敏郎を尊敬していたに違いない。 「かごにのるひとかつぐひとそのまたわらじをつくるひと」(☆1)ということわざがある。 先日の大学院のゼミで、修士課程一年生の映像チームが浅草の 「東京銀器」 のお店のドキュメンタリーを発表してくれた。学生が「銀器作り」を体験しながら、銀器に対するご主人の思いをお聞きした。この仕事をはじめたばかりのころのご主人は、銀器というのは「裕福な人たちの嗜好品にすぎないのではないか」と考え、この仕事への熱意を失いかけたことがあるという。その時にお母様から聞かされたのがこのことわざだった。 世の中はさまざまな境遇の人たちが持ちつ持たれつして成り立っている。どんな仕事もそれぞれに意味深く、一生懸命打ち込む価値を持っている。そういうことを教えてくれる言葉だ。就職活動で、会社選びに逡巡している若者の背中も押してくれるだろう。 ところで、ドキュメンタリーを制作した当の学生君たちはどのように理解したのだろう。ちょっと心配。まさにいまどき人たちである。彼らの顔を観ていると「駕籠に乗る人じゃなきゃ嫌だー」とか思っている節もあるので。それはそれで、たいへん若者らしい、とも言えるが。 - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - ☆1:駕籠に乗る人担ぐ人そのまた草鞋を作る人

ネガポジ変換

Image
太平洋戦争の戦記を読んでいると、所属していた部隊によって運命が大きく変わったという話に出会うことがある。ほぼ同じ苦しい戦況においても、ほんの少しの運命の分かれ道によって生還できた話とそうでない話がある。 今日、映画「アポロ13」を改めて観て、危機的状況下でのリーダーの存在について考えさせられた。月へのミッションの途上で、司令船が制御不能となる最悪の事故が起こった。この事故を乗り越えて奇跡の生還をなしとげた、ジム・ラヴェル船長は天性の前向きな人だった。 彼の役を演じたトム・ハンクスそのままに、不屈の精神と、溢れるほどポジティブな精神の持ち主であるということがわかる。彼の口からネガティブな言葉はひとつも出てこない。危機的状況が深まるほど、彼のユーモアが光る。 このミッションで飛行管制主任だった、ジーン・クランツ(☆1)も実に前向きだ。部下思いの信念の人で、決して後ろ向きの発言はしない。どんな過酷な状況でも部下に「やれる」というポジティブなイメージを与えることができる。 「NASAが迎えた最大の危機だ」 「いや、お言葉を返すようだが、NASAの栄光の時だ」 部下の悲観的な言葉を聞いて、このように諌めた。 見事なネガポジ変換である。 - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - ☆1:エド・ハリスが本人そのままに熱演してくれてます。これぞリーダーの鑑という演技です。 ジーン・クランツの10か条 というものも見つけましたので転載させていただきます。 これは、あらゆる現場の危機管理に役立ちますね。 1. Be Proactive (先を見越して動け)  2. Take Responsibility (自ら責任をもて)  3. Play Flat-out (全力でやれ)  4. Ask Questions  (質問せよ)  5. Test and Validate All Assumption (すべてテストし確認せよ)  6. Write it Down (すべて書きだせ)  7. Don’t hide mistakes (ミスを隠すな)  8. Know your...

あなたは柔軟ではない

Image
このところ本を読むのがシンドくなってきた。 しかたなく読書用に眼鏡を新調した。近距離でも文字が見えるようになった。別に近視や老眼が進んだわけではないのというのだ。事実はもっと恐ろしかった。眼鏡店の方は、こともなげにこう言った。 「眼のレンズの柔軟性がなくなったのです」 若い人は、幅広い距離に応じて眼のレンズを調節できる。僕の眼には、もうその能力がなくなってしまった。だから、用途(距離)に応じていくつもの眼鏡が必要なのだ。柔軟性が無い、と言われるのは「時代遅れである」ということ同義のように感じてしまう。 老人とは柔軟性に欠ける人間のこと。人生経験だけは豊富なため、姑息な掛け引き、阿諛追従、面従腹背、世の荒波を生き抜くことだけは巧みである。若い人たちの上にたって説教をし、体制を支配するだけの知恵がある。だから、組織でも社会でも、体制を支配するのは老人である。 処世術や駆け引きばかりの老人に、未来を創る力はあるのだろうか。過去の価値観によって老人たちが決断した結果、それが歴史的な過ちを繰り返すのかもしれない。これはある意味で当然の摂理だろう。未熟な若者が創りだす無謀な未来よりは、老人たちの判断のほうがまだマシ。いつの世でも誰もがそう考えて当然なのだ。 僕の柔軟でない頭で考えても、答えは出ないむずかしい問題だ。