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2012年4月19日木曜日

ニワトリの日

「コケーッコー」たかが一羽のニワトリの叫び。だけど、この一声は、ポップミュージックの歴史を変えた一声ではないだろうか。ビートルズの名盤「サージェント・ペッパース」のB面(☆1)終盤で「グッド・モーニグ グッド・モーニング 」から「サージェント・ペッパーズ(リプライズ)」の間。この「コケーッコー」が、2曲を見事につなぎ合わせる。

前半の「コケーッ」までは、ニワトリの声なんだけど、後半の「コー」は、ジョージ・ハリソンの弾くギター・イントロ。合わせると「コケーッコー」と聞こえる。録音技術によるマジックです。

このアイデアは、45年前の今日、1967年4月19日水曜日に生まれた。「 ビートルズ・レコーディング・セッション」(☆2)によると、その日、ロンドンのEMIスタジオでは、サージェント・ペッパーズから、マジカル・ミステリー・ツアーにいたるレコーディングスケジュールが目白押しだった。

2012年4月7日土曜日

職務に忠実

テレビ番組のスタッフ初顔合わせ。私はそこで「音声さん」を言い当てる自信がある。「音声さん」だけはスタッフ表を見なくても分かる。カメラマンと照明さんを見分けるのはむずかしいけどね。さて、どうやって当てると思いますか?

ドラマのロケで「音声さん」はじっと座り続けます。ひたすら座っている。(☆1)はじめは「いいなあ」とうらやましかった。だって、長い長いロケの撮影中、僕たち美術スタッフは、ずっと立っているのだ。座っている美術スタッフとは、すなわち「いなくてもいい」人。いやでも立って働かなければ。

2012年4月3日火曜日

ADからスタート

テレビ局のディレクターを目指す若者は、「AD」というポジションからスタートする。(☆1)アシスタント・ディレクター。とりあえず「ディレクター」という名前はついているけれども、特にディレクターらしい仕事をする訳ではない。

まずは、プロダクションの最底辺の雑用からのスタート。台本のコピーとり。資料整理。スケジュール表づくり。小道具の買い物。弁当の注文。お茶いれ。とにかく何でも。テレビ番組の撮影の準備という作業は、おそろしく雑多な仕事の集積である。ADの仕事に終わりはないのだ。やりかたがまずい、といっては、先輩にやり直しもさせられるしね。涙。

2012年3月15日木曜日

映像の外にあるもの

カメラの視線が静かだから映像の外にあるものが見える。
取材の気持ちが穏やかだから言葉の外にあるものが聞こえる。

素晴らしいドキュメンタリーだった。3月9日(日)放送の「あの日から1年 『南相馬 原発最前線の街で生きる』」(NHK総合)。この番組の語り口は実に謙虚で静か。むしろ寡黙。それでいて、見ているこちら側に、大きくて重たい何かを残してくれた。東日本大震災一周年。各局過熱気味の演出が多い中で、この番組の静かさは異色だった。

テレビ番組が、その中で伝えることができる情報の量は、意外に少ないものだという。番組中でナレーターがどれだけ語り、映像がどれだけつぎ込まれようとも、新聞や雑誌などの印刷物の情報量にはかなわない。立花隆氏によれば、NHKスペシャル一本分の情報量は、文芸春秋の一記事の情報量にもならないそうだ。(☆1)

2012年3月1日木曜日

騙される人

「人間というものは『騙(かた)る動物』である」とは、エドガー・アラン・ポーの言葉。(☆1)「人を騙す」ことはいいとしても(良くない?)、「騙される」対象にはなりたくはない。

名作映画「スティング」は「詐欺師」の映画。最初から最後まで「詐欺」づくし。しかも最も「騙され続ける」のは、ほかならぬ観客なのですよ。そう、騙されるのは映画を見ている「あなた」なんですよ。なのになぜか「あなた」は喜んでしまう。この作品の人気が衰えることはない。何かおかしくないですか。

答えの鍵は、この映画における「騙し騙されるストーリー」の構図にあると思います。

物語における「騙し」には、大きく分けて2つのパターンがある。ひとつは「がっくり」パターン。人間というものは「すっかり信用していたもの」が実は「インチキだった」などという場合には、ムカっとくるもの。誰しも過剰反応して当然です。損をしたり、がっくりきた上に「こんなもの信用してバカね」なんて言われたりする。誰だって怒って当然のパターン。

2012年2月21日火曜日

我思う、ゆえに我あり

「キッド」の撮影を終えたばかりのチャップリンを、サミュエル・リシュフスキイというロシア人の少年がたずねてきた。彼は、七歳で世界チェス選手権保持者という天才。

少年は、二十人の大人を相手にチェスの同時対戦をするというエキジビジョン・マッチを行うために、カリフォルニアに来ていたのだ。彼はカリフォルニア州選手権者のグリフィス博士を含めた大人全員を、いとも簡単にねじ伏せた。チャップリンは、その光景を「それはどこか超現実的な光景でさえあった」と述べている。少年そのものも、かなり変わった子だったらしい。(☆1)

2012年2月20日月曜日

収入のため働く

左でファイティングポーズをきめているのは、鯖島仁(さばしまじん)。昨年、日テレで放送された「ドンキ・ホーテ」の名物キャラ。外見は古典的な武闘派ヤクザに見えますが、実は児童相談所の心やさしい所員なのです。(大好きキャラなので、CGで再現させていただきました)

ヤクザでなおかつ児童相談所?複雑な設定だけど、これが意外にうまくいく組み合わせ。きわめて特殊な職業形態。いまの日本では、児童相談所という職場が忙しい。これは現代における、悲しい特殊事情が生んだ仕事だけど。職業にもさまざまな成立用件があるのだ。

さて昨日までの話のつづきです。夏目漱石先生の時代にも、こうした特殊な仕事というものがいくつも生まれたらしい。以下、漱石先生の講演録「道楽と職業」から。

「とにかく職業は開化が進むにつれて非常に多くなっていることが驚くばかり眼につくようです。怪しからぬと思うような職業を渡世にしている奴は我々よりはよっぽどえらい生活をしているのがあります。[ 中略  ] 開化の潮流が進めば進むほど、また職業の性質が分れれば分れるほど、我々は片輪な人間になってしまうという妙な現象が起こるのであります」