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見果てぬ夢

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睡眠は短ければ短いほど良い。
だってそうでしょう。睡眠とは仕事をするための充電時間にすぎない。前日の疲れは、最短の睡眠でリカバリーするもの。現代のビジネス戦士たるもの急速チャージで再稼働。無駄に寝ていては時間が勿体無い。
私も、放送局勤務の頃は同僚と仕事の量を競い合い、睡眠不足を自慢したりしてました。徹夜の翌日に、元気を装ってプレゼンしたり、威勢を張ってスーパーマンぶりを披露して悦にいってました。

しかし、もう無理です。還暦も近くなり、いまは、とにかく眠らないとなにもでけまへん。どこでもすぐに寝ます。ほんまです。本音では「寝ることが大好き」なのです。
今やこんなダメダメな私ですが、
今月の「ナショジオ日本版」を読んでびっくりしました。いくらでも眠りたい、私には朗報です...
なんとまあ。これまでの「睡眠に関する常識はかなり間違っていた」と言うのです。「睡眠不足」は、人間をイライラ顔にして、エラーを多発させ、めんどくさい性質に変えるだけでなく、数々の病気を引き起こし、うつ病、肥満、糖尿病、認知症などのリスクを高める。そして現代人の大多数は慢性的な「睡眠障害」にさらされている。
さらに、
特集「睡眠」は締めくくりで、こう問いかける。
ーなぜ人間は眠るかではなく、これほど素晴らしい、もう一つの状態があるのに、よりによってなぜ人間は起きているのか。
そんな問いかけも成り立つ。

ーそしてその問いには、こう答えられそうだ。起きているのは、食べる、子孫を残す、天敵と戦うといった、生存に必要な務めをさっさと済ませて、ぐっすり眠るためだと。
やった! 今夜は、安心してぐっすり眠りますよー。たっぷり寝ます。今日の仕事の時間、生存のためになすべきことは終わりましたので...

見果てぬ夢を見るために。

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☆水彩画は、ポーランドからのお土産の「蜂蜜酒」です。 人類最古のお酒の部類だそうです。ハネムーン「蜜月」の語源は、花嫁が結婚の後でこのお酒を作る期間のことだそうです。ふーむ。




大きなやかん

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甲子園シーズンが近づいた。各チームでスローガンを掲げていて、仙台育英などでは「大機大用」と言う難しい言葉を使っている。野球では「大きなチャンスを大きく活かす」あるいは「チャンスが来たならばしっかり工夫してそれを活かそう」という意味で使われているようだ。

本来は仏教用語で「大乗の教えを受けてそれを実践する資質」のこと。一度このブログでも書いたが、柳生宗矩が残した「兵法家伝書」の「無刀の巻」でも解説されている。それによれば「大機大用」の意味とは以下のようになるのだが、読んでもなかなかわからない。

人間も内に構えた「機」があるためにそれが外へ現れる。外に現れたものを「用」というのである。内に蓄えた「機」が大きければ大きいほど、外にでる「用」も大きくなる。

最近、これを簡単に説明しているのではないか、と思える「ある落語」に出会った。桂枝雀落語大全・第十一集収録の「ちしゃ医者」である。

この医者にかかったら、治るべき患者ですら命が危ないという、超ヤブ医者の話。主人であるこのヤブ医者について、従者の久がこんなことを言う。
「しかし、(うちの先生は)人間は大きいね。確かに大きいね。うん、人間ちゅうものは何やね、大きなやかんに水を入れてそれが沸くんやね。だからちっちゃいやかんすぐ沸くけどね、大きなやかんに水入れてもなかなか沸かん。そのかわり沸いたらものすごい力でるっちゅうこと言うけどね」
一旦沸いたらすごいことになるが、大きいやかんは沸くのに時間がかかる。
ところで、この落語はこう続いていく...
「終生沸かん場合もあるそうなけどな」 「うちの先生やみなそれに近いように思うけどね」
あ、そうですか
終生沸かない、ということもありますか。 こう言われるとまあ、気も楽になりますね。

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☆水彩画は、仏教の国タイ バンコックに保存されている「ジム・トンプソンの家」

ハスの花

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知り合いの外国人が日本に来たときは、できるだけお寺を案内することにしている。仏教的な考え方を知ることが、日本人の世界観を理解するのに早道だと思うから。
特に、お寺の庭に見られる、ハスやスイレンの花は、汚れた現生での生活と仏教の精神世界の関係を例えるのにぴったりである。「これが仏教のシンボルだ」というと外国人の彼らも、物知り顔に頷いてくれる。
ドブに落ちても 根のある奴は いつかは 蓮の花と咲く 意地は張っても心の中じゃ 泣いているんだ兄さんは
「男はつらいよ」シリーズ主題歌。どんなに頑張っても世間並みの人間になれない寅次郎の悔しさが滲みでる名曲(☆1)。教育がないために損ばかりしているけれども、ただただ他人のために奔走する。良かれと思ってやったことが裏目にでる。そんな寅次郎はドブに咲くハスの花。実は仏様の化身なのかもしれない。
試みに、今どきの学生さんたちに「男はつらいよ」の世界について説明してみる。しかし残念なことに、まずまともな反応は帰ってこない。ネットフリックスでも全シリーズの視聴が可能だというのに。去る者日々に疎し。じつにもったいない話だ。

☆1:男はつらいよ 作詞:星野哲郎、作曲:山本直純
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水彩画はバンコクのお寺で見たスイレンの花

時代が濾過するもの

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ポーランド出張で最初の食事は、イタリアンのスパゲティ・ボロネーゼでした。チャンスを逃しているというか、自分で状況がわかっていないというか、ちょっと残念ですよね。ピエロぎ食べればよかったのに...
だって世界中どこへ出かけても、イタリアン料理は盤石で美味しいんです。そういえば、昨年の出張で、何時間も待たされた香港の空港ターミナルで食べたのもボロネーゼでした。とにかく疲れていたりするときは安心なのです。
ところで、我が家のトイレのカレンダー。今月の格言は高村光太郎先生の 「時代は去る。しかし時代が濾過した人類への寄与は永久に死なない」という言葉でした。
イタリアが産んだボロネーゼ・スパゲティは、時代が濾過したもの、時代が選択した美味しい料理ということで、世界に広まって行ったのだ。美味しいものは永遠になくならない。未来に残るのものなのだ。
それでは、日本発のものの中からは、何が生き残るのだろうか。 時代の濾過に耐え、日本から世界に広がって行くものって?
アニメ文化。モッタイナイの心。  それともタクシーの自動ドア?  やはり観光客に大人気の回転寿司? ポケモンGo?
意外と思い浮かばない...

なんでもいいけど、とにかく、
数百年後に日本が尊敬されるものがいいですね。

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友人からコメントいただいたので、以下追記します... 

なんと、スパゲティ・ボロネーゼの発祥の地、イタリアのボローニャでは、ボロネーゼにトマトは使わないとのこと。コロンブスがトマトを見つけてくる以前からあるのだから、間違いないとのことです。 これも時代に濾過された結果なのですね。 肉とスパゲティの料理だったボロネーゼに、いつかトマトが加わって、世界に広まったということでしょうか。長い時間をかけて。

素晴らしい人たち

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たいへんな大雨がつづく中、研修で関西に出張してきました。交通機関の乱れを心配したけれど、新幹線はなんとか動いていて無事に帰宅できました。新大阪駅のコンコースは、払い戻しや乗車変更の人たちが長蛇の列で並んでいましたが、特に殺気立つようなこともなく、みな整然と順番を待っていて、なんの混乱も感じられませんでした。さすがは日本。
大阪より戻って市川駅のホーム。そこにお腹を抱えてうずくまる人がいた。気にしながらも立ち去る乗客が多い中で、一人の女性が声をかけていた。その女性は少し話をすると、そのまま駅のコンビニで水を買って戻ってきて、うずくまっている人に飲ませてあげていた。貧血のようだ。私も何かしなければ。ホームの事務所で駅員さんを呼ぶなどお手伝いたしました。
その後ホームでの女性は、何もなかったように立ち去りましたが、世の中に真に良い人とはいるものです。
先日、麻布のツタヤでこんなことがありました。うっかり2階フロアのトイレに携帯をおいたまま売り場に戻った私。しばらくDVDコーナーを徘徊して、気づいた時にはだいぶ時間も経っていた。焦ってトイレにダッシュで戻りました。
すると驚いたことに、ある長身の男性が、私の携帯を持ったままトイレ前に立っていた。なんと私のこと、あるいは電話がかかってくるのを待っていてくれたのだ。なんていい人なのだろう。どこにも届けずに私のことを待っていた。こんな良い人がいるのか。
初めて訪れたポーランド。彼の地でもあちらこちらで親切にしてもらう体験をしました。良い人たち、素晴らしい人たちというのはどこにもいて、そういう方に出会うことが本当の幸せだな。と、そのように思うのでした。

戻ってこれないかも

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記録的に早い梅雨明けとのことですが、あまりの気温上昇に口あんぐり。この絵のワンちゃんは、ご馳走にペロペロしているのですが、ベロで汗をかいているようにも見えます。ポーランドで有名なゲーム・クリエイターの方が連れてきていた可愛いワンちゃんは、みんなの人気者でした。(なぜか私だけ吠えられましたけど...)

何かと物議をかもしたポーランド戦でしたが、私としては、ポーランドも勝ち試合になって良かったんじゃないかなと、勝手に思っています。

話は変わりますが、最近、[ Oculus Go (オキュラス・ゴー)]に夢中です。ケーブルもなくなったし、360度アプリの完成度が高いので、その没入感とリアリティに圧倒されています。フェルメールの絵画の中に入って窓の外を眺めたり(Art Plunge)、宇宙戦争のファイターになったり、AIにこき使われる労働者になったり(Virtual Virtual Relity というらしい )すごく面白いですね。

サッカー・W杯も、次回の大会あたりでは、VRで試合を見ることになるのでしょうね。ゴール前から見て、ルカクとかロナウドのシュートが超高速で向かってくるなんて! 怖すぎぎるでしょう。でもいっぺん見てみたいかも?あまりの臨場感に興奮して、もう現実には戻ってこれないかもしれない。

しかし問題もありますよ。
VRの問題を発見しました。

ゴーグルをかけていたら、みんなで盛り上がれないでしょ。
ゴールシーンでも、乾杯とかできませんね。所詮。ははは。

あ、 いや、VR室内でVRビールでVR仲間とVR乾杯すればいいって?
あ、なるほどね...

360度のファンタジー

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カトビツェという街は、かつてはポーランド随一の工業都市だった。当時の面影を残すレンガづくりの重厚な建物が、炭鉱の街だった当時の雰囲気を伝えている。今は、博物館や公共施設などとして再利用されている。夕闇に浮かぶ城塞のような建物が、何かを語りかけてくるようだ。
異国の地を訪れて初めて見た景色は、あとになって360度VR動画のように記憶に蘇ってくることがある。こういう時にジャーナリストならば、こうした記憶を鮮明な言葉にして書き残すことができるのだろう。

ラフカディオ・ハーン(小泉八雲 1850 - 1904)は、ギリシャ生まれのイギリス人。ジャーナリストとして世界を巡る。明治23年に来日。英語教師として日本に暮らしながら、当時の日本文化を捉えた素晴らしい本の数々を残した。当時の日本人の生活の素晴らしさ、風景の美しさだけでなく、不思議な伝承や怪異の物語も収集し紹介した。
アクセル・ハッケも1956年生まれのジャーナリストである。新聞社でのスポーツ記事編集、ルポライターを経験したのちに物語作家となった。彼の絵本作品は独特の世界観とユーモアがあって日本でも人気だ。いつもコンビを組むミヒャエル ゾーヴァの挿画が幻想的で素晴らしい。
幻想的なファンタジーを書く二人が、ともに通信社に勤めるジャーナリストであったとは面白い。ジャーナリストには鋭い観察力と映像のように鮮明な文章表現力がある。彼らの言葉には、360度VR動画のような没入感と現場レポのような迫真性がある。それはおそらく、彼らが現実世界をまさにそのように享受しているからなのだろう。