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電気スタンド

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爆笑王と言われた桂枝雀師匠に「道具屋」という落語がある。

ズブの素人の男がにわか古物商となって縁日に露店を出す。扱っている商品はみな怪しげなものばかりなのだが、寄って来る客はそれなりに玄人で真剣顔。そこからの男と客との攻防が抱腹絶倒に面白い。この面白さは、電車の中で聞くのが危険なほど。

切れないノコギリ、抜けない短刀、擬物の掛け軸、二本足の電気スタンド。並べた商品は、どれもこれも使い物にならない半端もの。男自身は骨董品の価値などわかっていないのだが、シロウトだけに真剣に商売をする。

電気スタンドは、本来は脚が三本なければ立たない。男はそれを「塀さえあれば寄りかかって立ちまっせ。あんさんの家には塀がありまっか?」と無茶苦茶な理屈で売りつけようとする。インチキの押し売りだ。

だが待てよ、この男の商売、
やってはいけないことなのだろうか。

彼は傷のあるものや立場の弱いものたちを、一生懸命にカバーしようとしているだけではないか。店の商品たちすべてに、分け隔てなく愛情を注いでいる。考えてみれば、商売人として当然なことだ。

最近は、ちょっとした傷のある野菜も果物も売れない。何かにつけ、相手のミスや問題につけ込んで非難の応酬となる世情も息苦しい。枝雀師匠の話から、この男が飛び出して来てくれたら、世の中変わるかもしれない。

「ハート印のついたニンジンね、買いなはったら幸せになりまっせ」

「お尻のヘコんだ桃ね、めっちゃ甘いで。今だけでっせ買いなはれ」

こんな感じで、なんでも売りさばいてくれるかも。



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水彩画:ポーランド南西の街チェシンの商店街

二足のわらじ

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スーパーマリオブラザーズのマリオは、なぜ配管工をやっているのかと、息子に聞いたところ、それは土管に潜ったり出たりする職業だからだという。でも、以前ドンキーゴングに出ていた頃は大工だったそうだ。

ということは、マリオは転職組ですか。今でも時々はドンキーゴングの仕事にも呼ばれることを考えると、むしろ配管工と大工の「二足のわらじ」というべきであろうか。

静謐で緊張感のあるミニマル音楽の作曲家、フィリップ・グラスの仕事ぶりについて、面白い記事を読んだ。彼は作曲家としての活動のかたわら、配管工としても働くのだという。配管工と現代作曲家の二足のわらじである。

ある日、注文先の食洗機を取り付ける作業に出かけた。その家はなんと音楽評論家ロバート・ヒューズ氏の家であった。自分の家で著名作曲家がスパナを持って働いているのを見て、ヒューズ氏は腰を抜かさんばかりに驚いたという。

常人には理解できないことだが、フィリップ・グラスにとって、本業の作曲に集中している時間以外に何をしていても問題ではないらしい。ニューヨークで作曲活動を始めたばかりの頃は、タクシードライバーをやっていた。

ほかにも沢山の芸術家たちが、小説や詩の執筆の合間に、税理士や地下鉄の車掌などの仕事をしていることが紹介されていた。芸術家といえば、ペントハウスにこもって創作三昧というイメージだが、それは間違っている。彼らは昼間は巷にあって仕事に没頭、夜には創作の海に漕ぎ出す。

彼らにとって、日常的な仕事とは想像の世界に浮かぶ自分をこの世に結びつけるアンカーポイントなのだ。そして、コミュニティへの参加によって得られる体験は、尽きせぬインスピレーションの源となるということだ。

これからの仕事観が変わりそうです。

得した気持ち

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先日、久々に10人前以上のカレーを作った。ジャガイモも大量に皮むきをした。ボールに積まれたジャガイモをみると、まるで映画「オデッセイ」のシーンのようだと思った。

火星探査のミッションの途中で、突然の嵐に吹き飛ばされたマーク・ワトニーは、致命傷を負ったものと勘違いされて、ただ一人火星に取り残される。

植物学者だったワトニーは、火星探査の次のミッションが到来するまで、自分を延命するために全力を尽くす。その命の綱となるのがジャガイモ。火星の土を水とバクテリアで耕して栽培するのだ。

その後、ジャガイモを食べて生き延びているワトニーの存在に気づいたNASAは、総力を挙げて彼の救出作戦を始める。いったい彼一人のために、何億円注ぎ込むのか。このへんが感動の物語だ。

映画の結末はともかくとして、ワトニーが地球に戻って、普通に空気を吸い食料を食べて、地球人として暮らすということに、かくも大きな価値があるものかと気付かされる。

この私はというと、いまもこうして普通に息をして、地球の上で無事に生きている。NASAに救出されないまでも、それだけで何億円もの価値があるというものではないか。

このように考えてみれば、
かなり得をした気持ちになる。


後ろ向き

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ボートは、急な「あと戻り」はしない。後ろを目指すとしても方向転換して前向きに進む。

最近、原稿をたくさん書く仕事があって、本を山ほど並べて広げては、調べものをしている。すると、時々あるべき本が見つからないことがある。その後で、それが非常に気になってしまう。

ものを失くしたり、どこかに忘れたりすると、気になってしまうものだ。たとえ、手元には、他にも良いものが沢山あるとしても、なぜか失ったものばかりが、気になるのだ。

「出来なかったこと」も同じだ。出来たことも沢山あるのに、今日までに予定通り出来なかったものばかり気になる。何かの〆切前は、こういう気持ちになりがち。

しかしこれは、あまりに後ろ向きな考えかたかも。いままで出来なかったことではなく、これから出来ること、出来る時間をありがたがって楽しみたい。ボートみたいに、前だけ向いていきたいものだ。

やはり〆切のせいでしょうか。
珍しく殊勝なことを考えました。

見果てぬ夢

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睡眠は短ければ短いほど良い。
だってそうでしょう。睡眠とは仕事をするための充電時間にすぎない。前日の疲れは、最短の睡眠でリカバリーするもの。現代のビジネス戦士たるもの急速チャージで再稼働。無駄に寝ていては時間が勿体無い。
私も、放送局勤務の頃は同僚と仕事の量を競い合い、睡眠不足を自慢したりしてました。徹夜の翌日に、元気を装ってプレゼンしたり、威勢を張ってスーパーマンぶりを披露して悦にいってました。

しかし、もう無理です。還暦も近くなり、いまは、とにかく眠らないとなにもでけまへん。どこでもすぐに寝ます。ほんまです。本音では「寝ることが大好き」なのです。
今やこんなダメダメな私ですが、
今月の「ナショジオ日本版」を読んでびっくりしました。いくらでも眠りたい、私には朗報です...
なんとまあ。これまでの「睡眠に関する常識はかなり間違っていた」と言うのです。「睡眠不足」は、人間をイライラ顔にして、エラーを多発させ、めんどくさい性質に変えるだけでなく、数々の病気を引き起こし、うつ病、肥満、糖尿病、認知症などのリスクを高める。そして現代人の大多数は慢性的な「睡眠障害」にさらされている。
さらに、
特集「睡眠」は締めくくりで、こう問いかける。
ーなぜ人間は眠るかではなく、これほど素晴らしい、もう一つの状態があるのに、よりによってなぜ人間は起きているのか。
そんな問いかけも成り立つ。

ーそしてその問いには、こう答えられそうだ。起きているのは、食べる、子孫を残す、天敵と戦うといった、生存に必要な務めをさっさと済ませて、ぐっすり眠るためだと。
やった! 今夜は、安心してぐっすり眠りますよー。たっぷり寝ます。今日の仕事の時間、生存のためになすべきことは終わりましたので...

見果てぬ夢を見るために。

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☆水彩画は、ポーランドからのお土産の「蜂蜜酒」です。 人類最古のお酒の部類だそうです。ハネムーン「蜜月」の語源は、花嫁が結婚の後でこのお酒を作る期間のことだそうです。ふーむ。




大きなやかん

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甲子園シーズンが近づいた。各チームでスローガンを掲げていて、仙台育英などでは「大機大用」と言う難しい言葉を使っている。野球では「大きなチャンスを大きく活かす」あるいは「チャンスが来たならばしっかり工夫してそれを活かそう」という意味で使われているようだ。

本来は仏教用語で「大乗の教えを受けてそれを実践する資質」のこと。一度このブログでも書いたが、柳生宗矩が残した「兵法家伝書」の「無刀の巻」でも解説されている。それによれば「大機大用」の意味とは以下のようになるのだが、読んでもなかなかわからない。

人間も内に構えた「機」があるためにそれが外へ現れる。外に現れたものを「用」というのである。内に蓄えた「機」が大きければ大きいほど、外にでる「用」も大きくなる。

最近、これを簡単に説明しているのではないか、と思える「ある落語」に出会った。桂枝雀落語大全・第十一集収録の「ちしゃ医者」である。

この医者にかかったら、治るべき患者ですら命が危ないという、超ヤブ医者の話。主人であるこのヤブ医者について、従者の久がこんなことを言う。
「しかし、(うちの先生は)人間は大きいね。確かに大きいね。うん、人間ちゅうものは何やね、大きなやかんに水を入れてそれが沸くんやね。だからちっちゃいやかんすぐ沸くけどね、大きなやかんに水入れてもなかなか沸かん。そのかわり沸いたらものすごい力でるっちゅうこと言うけどね」
一旦沸いたらすごいことになるが、大きいやかんは沸くのに時間がかかる。
ところで、この落語はこう続いていく...
「終生沸かん場合もあるそうなけどな」 「うちの先生やみなそれに近いように思うけどね」
あ、そうですか
終生沸かない、ということもありますか。 こう言われるとまあ、気も楽になりますね。

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☆水彩画は、仏教の国タイ バンコックに保存されている「ジム・トンプソンの家」

ハスの花

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知り合いの外国人が日本に来たときは、できるだけお寺を案内することにしている。仏教的な考え方を知ることが、日本人の世界観を理解するのに早道だと思うから。
特に、お寺の庭に見られる、ハスやスイレンの花は、汚れた現生での生活と仏教の精神世界の関係を例えるのにぴったりである。「これが仏教のシンボルだ」というと外国人の彼らも、物知り顔に頷いてくれる。
ドブに落ちても 根のある奴は いつかは 蓮の花と咲く 意地は張っても心の中じゃ 泣いているんだ兄さんは
「男はつらいよ」シリーズ主題歌。どんなに頑張っても世間並みの人間になれない寅次郎の悔しさが滲みでる名曲(☆1)。教育がないために損ばかりしているけれども、ただただ他人のために奔走する。良かれと思ってやったことが裏目にでる。そんな寅次郎はドブに咲くハスの花。実は仏様の化身なのかもしれない。
試みに、今どきの学生さんたちに「男はつらいよ」の世界について説明してみる。しかし残念なことに、まずまともな反応は帰ってこない。ネットフリックスでも全シリーズの視聴が可能だというのに。去る者日々に疎し。じつにもったいない話だ。

☆1:男はつらいよ 作詞:星野哲郎、作曲:山本直純
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水彩画はバンコクのお寺で見たスイレンの花