2017年6月25日日曜日

内側を見る




人類が星図を作りはじめたのは太古の昔のこと。自分たちが住む地上の地図を完成させるよりも早く、天空の地図を完成させていた。思えばそれは当たり前のことかもしれない。地面を上空から見降ろすより、地上から天空を見上げて観察するほうがずっと簡単だ。

星たちの運行については正確な知識を持ちながら、自分たちの足元にある地球の本当の姿は知らなかった。地球の外側を見るより、地球の内側を見る方がむずかしかった。

他人の行動を観察をし、他人の発言にチェックをいれる。SNSではあちこちの投稿を読んで回る。これがいまの私の日常だ。日々他人を観察することは、夜空を見上げるのと同じように簡単なことだ。しかしその反面、自分を観察するというのはなかなか厄介だ。

他人からの評価は気になる。だが自分て自分をどう評価すべきなのかは、意外とそれがわからない。そもそもいったい自分は何者なのか。どこからやってきたのか。実に肝心なことが、いまだにわからないではないか。

いや、まだまだですな

2017年6月16日金曜日

働かないアリ



アリの世界にも、一定数の「働かない」アリがいるそうだ。

10,000匹のアリが住むコロニーでは、約3,000匹が巣穴から地表に出てきて仕事をしている。食料を集めたり、巣穴を修理したり、他のコロニーのアリを威嚇したりして働く。そして、ほとんどは数週間で死んでしまうという。

その間、巣の奥の方には、7,000匹のアリたちが、幼虫の面倒を見たり、連携作業で食料を運んだりしている。しかし、どう考えても巣穴の中の労働力に、7,000匹は必要ないので、おそらく1,000匹くらいは、ほとんど「働いていない」と考えられている。

それでは彼ら「働かない」アリたちは、何のためにいるのか。いつか、巣穴が崩壊するなどの「一大事」が起こったの時に、大活躍するのかもしれない。しかし「一大事」などに遭遇せず、一生の間ぶらぶらするだけで終わるアリも相当数いるという。

長い長い進化の過程で、種族を維持していくためには、こうした「働かない」アリも決して無駄ではない。きっと何万年かに一度くらいの大異変に備えているのだ。( ☆1 )

人間という種属においても、おそらく同じ理屈が通用するだろう。だとすれば、私もこのダメ人間のままで、OKなのかもしれない。

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☆1:「アリはなぜ、ちゃんと働くのか」 デボラ・ゴードン  p.56


2017年6月6日火曜日

自分で決める


花には「何の花になるか」を自分で決めることはできない。当たり前のことだが、球根の時から、百合は百合の花を咲かせることに決まっていた。

封建主義の時代では、人も生まれながらに将来が決まっていた。選択の余地もなく、武士の子は武士、商人の子は商人となった。職種や身分は自分が選択するものではなかった。

いまは身分制度も家督制度もなく、誰もが自由意志で将来を選ぶことができる。すばらしいことだが、「人生の選択」を強いられる若者たちが、気の毒になることもある。時に自由も楽ではない。

高校を選び、大学を選び、研究室を選び、そしてさらに就職先を選ぶ。選択につぐ選択に、迷い、疲れてしまうこともあるだろう。

今年はすでに大学生の就職内定率が60パーセントを超えた。売り手市場とはいえ、自分の力量に合わせて、自分の未来を選ばなければならないというのもちょっと酷なこと。誰か他人に決めてもらうか、偶然にでも任せたほうが、ずっと楽なのかもしれない。


2017年6月5日月曜日

何を食べているか



わたしの身体とは、わたしが食べたもの。

食に無頓着だった私も、最近はちょっと意識が上がったのか、フレッシュネス・バーガーに行くようになった。値段はちょっと高め。でも、インテリアも洒落ていて店内は清潔だし、なにしろハンバーガーが出て来るまで10分近くかかるというのは、食べ物がきちんと料理されている証拠。

ファーストフードとはいえ「ここなら安心」と思えるところで食べたい。なにしろいまどきは、食べものでさえ、何がフェイクで何が真実かわからない。

先日仕事でホテルに缶詰になった時、久しぶりにテレビをBGMとしてつけっぱなしにした。その日の「BBCニュース」は、FBI長官解任の問題を繰り返していた。一方で日本のテレビは、どの局もずーっと芸能ニュースを流していた。どれもこれも、なんだかフェイクニュースに見えてくる。

しかしその日は結局、日本のテレビは見ないことにした。その日は、日本のテレビよりも、BBCのほうが、やや「身体に良い」という気がしたから。ファーストフードを選ぶのと同じように、見るテレビを選ぶのも難しい。


2017年3月14日火曜日

約束という概念



いま話題の石油の王国。かの国は、たくさんの若者を世界中に留学させている。いずれ起きるであろうエネルギー革命にそなえて、優秀な若い世代を育成するためだ。私の大学にも、何人かの留学生がいた。

彼らから、こんな面白い話を聞いた。

彼らの国では「約束という概念」が日本とは違う。仮に「明日3時に会おう」と約束しても、その翌日に双方がそろう確率は50%くらい。お互いに、約束には束縛されない自由があるのだろうか。パーティを開いても開始時間に全員がそろうことなど、あり得ないのだそうだ。

はじめは本当かな?と疑っていたが、実際に彼らの行動パターンをみていると、まったくその通りだし、関係者からのたくさんの証言もあった。やはり本当なのだろう。

そこへいくと、日本人にとって「約束の拘束力」は実に大きい。実社会では「遅刻は致命的な失敗」と教わるし、「約束を守らない人」は基本的に信用されない。日本人の生活には、約束というきつく縛られた網目を、慎重に渡っていくような窮屈さがある。

約束を重んじる国と、約束にあまり束縛されない国。
どちらが幸せなのだろう? 

その答えは、個人の側で考えるのか、
社会の側で考えるかで変わるだろう。

そういえば、昨年学会で訪れたバリ島のレストランを思い出す。
そこはそもそも「約束という概念」を忘れるような場所だった。


2017年3月12日日曜日

AIにはできない


とにかく移動が多かった先月までの仕事では、駅のそば屋さんにとてもお世話になりました。短時間でおいしくお腹を満たせるので実に助かりました。

横浜線の乗り換えでお世話になる長津田駅には、絶妙のポジションに「しぶそば」があります。このお店は「駅そば」とはいえ、広いテーブルがあって空間的余裕もあり、そのテーブルの上には花瓶までが置かれています。

「AIが人間にとって代わる」という話が流行りです。近所のスーパーでも、ついに支払い精算がロボット対応になってしまいました。レジの混雑は解消しましたが、実に味気ないもので、なにか大事なものを失くしたような気がします。

でもこのテーブルに花などは、人間に活けてほしいものです。科学や技術をどれだけ社会に応用するのか。それはそれを使う人間の感性次第、ということになるのでしょうか。


2017年3月11日土曜日

ボルシチ



1月から2月まで、今年一年のスタートは実にハードでした。例年にはなかったプロジェクトがひとつ加わったこともあって、西へ東へ旅ガラスの生活が続き、へとへとに。

スケッチしたのは、その旅の途中で食べた「ボルシチ」です。身体が芯から疲れていたときに泊まっていたホテルのそばにあったハンバーガー屋さんのメニューです。レモンなんかもはいっていて酸味がほどよく、温かくて忘れなれない味となりました。

人間、疲れているときは、こんなちょこっとしたおいしい食べ物に励まされるものなんだと、しみじみ思いました。ハードな生活のあいだ、このブログも完全休眠状態におかれておりましたが、またぼちぼち再開できればと思っております。