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Showing posts from January, 2020

ショーウィンドウ

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ショーウィンドウというものは「ショー」というくらいだから、お店の品物を展示して見せるためのもの。でもこの絵のように「これでもか」と品物を詰めて並べたウィンドウには時々驚かされます。
古い石造りの建物にむりやり開けたようなドアとウィンドウ。しかたなく、こんな詰め込みになってしまうのでしょう。ヨーロッパの古い街角で、よく見かけるスタイルですが、日本で見たらこれは質屋さんかな。
このお店はいわゆる金物屋。時計やら工具やら小物がいっぱい並んでいるだけなのですが、遠くから見るとなんだか博物館のようです。前を通るたびに、ついつい惹かれて近寄って見るのですが、結局一度も中には入りませんでした。
でも、外から見ただけでこのお店の「気持ち」がわかったような気もします。
人間にもこんなウィンドウがあったらいいかもしれない。通りすがりの人から「いい心がけですね」とか「すごいもの持ってますね」とか覗いてもらえます。

(挿絵は、ポーランドの小都市チェシンの裏通り)


楽しきと思うのが

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うちのトイレにかかっている「べんぞうさまカレンダー」には、毎週ひとつだれかの金言が載せられています。それを見るのが楽しみですが、ときどき「おやっ?」と思うことがあります。例えば、寛政の改革で有名な松平定信の言葉。
 楽しきと思うのが  楽きの基なり
 松平定信
こんなのは、ちょっと意表をつかれた気がします。腐敗した賄賂政治を立て直した堅物政治家かと思いきや、粋な言葉を残されたものです。なにごとも楽しんでやらなければいけない。そうですよね、むしろ、こういう考え方ができたからこそ、天明の大飢饉から藩政を立て直す難事業をやりとげられたのですね。
一方で、先週のNHKラジオ講座では、こんな言葉が紹介されていました。「ピーターパン」の原作者でもある、J.M.バリイ 氏が残された言葉です。
 できれば何かほかのことをしたいと思わない仕事は、本当の仕事ではない。
 Nothing is really work unless you would rather be doing something else.  James Matthew Barrie

「家に帰って寝てたほうがまし」とか「こんなの早く終わってゲームしたい」とか思うくらい大変でないと、それは本物の仕事ではない。仕事はツラくて当然ということですね。現代にも通じるポイントを押さえた、いい言葉ですね。
でも、このふたつの金言格言を並べてみると、おたがいに矛盾して聞こえます。はたして仕事というものは、楽しいものなのか? 辛いものなのか? わからなくなってきたので、無作法ながら、ふたつの言葉を足し算してみますね。
 本当の仕事というものは「早く終わって別のことしたい」と思うほどツラい。  しかし、それでもそれを楽しんでやることが大事である。
あら? なんだか自虐的な話になってしまいました。これではまるで企業戦士向けの標語ですね。 失礼いたしました。この問題はまだまだ考え続けなければならないようです。


時間が存在しない場所

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寺院の庭。ここには動くものがほとんど無い。すべててが静かに佇んでいる。動きといえば時々訪れる小鳥たちか池の鯉の影ぐらい。響きといえばは水のせせらぎか鹿威しの音。石も草木も苔むした門もただ静かに黙っている。そもそも、まるでここには「時間」そのものが存在しないようだ。

アクションと喧騒のアミューズメント・パークとは別世界。映像と音響が五感をゆさぶる映画館とも対局の空間である。過剰な表現で描かれた想像世界にひたるのも楽しい。しかし興奮の記憶や感情も、いつかははかなく消えていく。

カルロ・ロベッリという物理学者の「時間は存在しない」という本によると、この宇宙には、そもそも時間など無いのかもしれないとのこと。すべては、物質世界に生きる私たち人間が感じているものに過ぎない。つまり気のせいだと。

寺院の庭のような場所が素晴らしいのは、私達をいつのまにか深い内省に導いてくれること。難しい理屈を知らなくとも、先端的な物理学者の理論に匹敵する真実に、私たちを近づけてくれる力を持っているのだ。

(挿絵は、北鎌倉の円覚寺の境内です)