2015年9月30日水曜日

原始力復興委員


いろいろのせました

おいしそうに描けてるでしょうか。先日もご紹介した「プティ アクィーユ」のシャルキュトリーをいただいているところ。フランスパンに「パテ ド カンパーニュ」を乗せて、いろいろなお野菜やピクルスも。もちろん赤ワインも一緒である。

あまりにおいしくて、ふと変なことを考えた。これだけの食材だが、これをぜんぶ自分で揃えるとしたらどれだけ大変か。トマトを育て、小麦を挽いてパンを焼く。鶏を育てパテに仕上げる。ぶどうからワイン? いや無理無理。スーパーやネットですべてをまかなう僕の生活は、もう現代社会の流通機構にフルに依存している。恵まれ過ぎで、罪悪感さえ感じるほど...

こんな僕が、ビッグイシュー9月号(☆1)の「原始力復興委員」という記事を読んだ。新潟県糸魚川市で古代人の生活を実践している山田修さん。彼は、磨製石器に木製の柄をつけて斧を作る。その斧で肉を切り丸太舟を作る。丸太舟で青森までの780キロの航海に出る。「縄文人の見習い」として生きることが、底抜けに楽しいのだそうだ。こういう山田さんの生き方、軟弱な僕には真似出来ない。だけど、いつかは僕もこういうことを、真剣に考えなければならない日がくるだろう。

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☆1:
ビッグイシュー日本版 2015年9月号
奈良美智さんの巻頭インタビューもすごくよかったです。今回は、ものすごく暑い夏の日に八王子駅前の販売員さんから買いました。その直後にゲリラ豪雨が来たのを覚えています。


2015年9月29日火曜日

僕とアルフォンゾ先生


僕とアルフォンゾ先生

アルフォンゾ先生は、インドネシアのバンドン工科大学で美術やデザインを教えている。JICAの招きでこのたび来日。日本の大学を見学しにいらしたのだ。近藤先生の案内で、私の研究室にも遊びにきてくださった。私も美術デザイン担当なので、いろいろ楽しくお話させていただいた。

特に盛り上がったのが、いまどきの学生の作品についての話だ。デジタルツールの発達のおかげで、学生が「手抜き」をするようになってしまった。これは由々しき事だ。と、そういう話。オリンピックの騒動じゃないけれども、ひとのものをそのままコピーしたり、既存のテンプレート(☆1)を使って簡単に済まそうとしたり。

どんなツールを使っても、学生が作品に真剣に取り組むならそれでいい。しかしツールによって仕事が簡単になると、人間というものは「怠け者」になる。デジタルペイントは、もともとは「絵の具」の代用品ではないか。さんざん「絵の具」と格闘した人がこれを使うぶんにはいいのだ。しかし、デザインを勉強中の学生がいきなりこれを使い始めると、どこかいい加減になってどこか真剣味に欠けた作品づくりになる。

「まずいっすよねー」
「ほんと、まずいっす」

インドネシアの先生と、こんな会話をするとは。

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☆1:テンプレート
すでに出来上がっているフォーマットに、きまった数値や文字、画像などをいれるだけで作品ができてしまうという便利な仕組み。学生だけじゃなくて、オトナだって結構使ってますからね、これ。



2015年9月28日月曜日

プティ アクイーユ



長年お世話になっている高校の先輩が岩手県で、「プティ アクイーユ」というシャルキュトリー(☆1)のお店を始めた。フランス料理シェフの息子さんのために製造しているのだけど、レストランへの卸し以外にもネットでの販売もしているとのこと。早速お試しセットを送っていただいた。この絵は「鳥レバーのムース」の瓶詰めです。

先輩に聞いたところ、防腐剤は使っておらず、岩塩や天然の発色剤に、もともと含まれる防腐効果だけで製品化しているとのことで、瓶詰めにする行程の管理は大変なものだと聞いた。それに材料も各地から新鮮で良質なものが入った時に作るということであった。

ふだん僕たちがコンビニなどで買っている食品の多くには防腐剤が使われている。広域での大量消費社会の宿命で、長時間保存できる食品だけが長距離の運搬に耐える。ほんとうは、この先輩のお店のようにな手作りで純粋な食べ物を、地元で消費するというのが理想なのだ。岩手県に住みたくなった。


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☆1:シャルキュトリー
細かく刻んだ肉類などを練り上げて成型したパテやテリーヌなど、赤ワインとの相性が良いおつまみとして、レストランやカジュアルな飲食店に並ぶメニューです。

2015年9月21日月曜日

カバの神殿

信仰の形としてのカバ

偶然だが、国立新美術館で開催中の「ニキ・ド・サンファル回顧展」を見た。素晴らしかった。やはりアーティストというものは、これくらい精進しなければならないという見本のようなものかな。精進というとちょっと違うのだが、若くして芸術家を志した頃から徹底的に自分を精神的に追い込んで、そのギリギリのところで炸裂する創作活動。その軌跡がそのまま残されているような、すごい回顧展だと思った。

会場でおゆるしを得て、数枚ほどスケッチをさせていたいた。さすがにインクのとぶペンは使えないので、ひさびさにエンピツを握ってスケッチをした。なんだか美大生になったみたいで、新鮮だった。今回の展示では、のびやかで陽性な「ナナ」シリーズのコーナーがもちろんメインなのだけど、それに続く「ブッダ」のコーナーのエネルギーも凄い。

前半で、ニキの若い頃の鬱屈した想念が画面にこびりついたような作品群を見たあとだけに、この最終コーナーの底抜けの明るさと、色彩の輝かしさは、泉の湧き出るオアシスのように感じられた。このアーティストの晩年のクライマックスなのだけど、日本人である私にもとても親近感が感じられた。

エジプトの神殿から抜け出てきたようなカバの彫像。からまってエネルギーを放出するヘビの樹木。インドのゾウ神のように踊る立像。そして、大仏を表現した巨大な「ブッダ」の座像。この世界になると、もう「宗教」的なイコンである以前に、アートとして自立した存在感に溢れていて、見るものとしては、自分の精神まで解き放たれたような気分になる。

こういうのを「多神教的」というのだろうか。そういえば台湾で見た寺院でも同じような感覚を持った。見知らぬ神様たちが鎮座しておられるのだが、なぜか自然な親近感がある。日本と同様に、多種多様な神がさまざまな形で奉られている。日本の神々よりもカラフルでエネルギーに溢れているが、それも大して気にならず、僕自身も手を合わせて拝むのが自然に感じられた。

台湾にしても日本にしても、寺院の祭壇に飾られている姿は違っても、そのむこうにあると信じられているものは同じなのではないかと感じた。僕たちは、それぞれ自分たちが理解できる形でしか信仰心というものを表現することができない。ニキ・ド・サンファルの作品もそのとおりで、彼女がその「造形的表象」の向こうに見ていたものは、案外僕たちが心に持つものと同じだったのではないだろうか。


2015年9月18日金曜日

30年ぶりの市長就任


市長就任祝い!

参院でついに安保法案が可決されようとするその時に、まったくどうでもいい話で申し訳ない。珍しくあるゲームにはまった。[ SIMCITY BUILDIT ]といい、伝説のゲーム「シムシティ」の最新版らしい。

「シムシティ」は、それを遊ぶためだけに、当時20万以上円もしたマッキントッシュを買いたいと思うほど、素敵なゲームだった。アップルⅡで、ウィザードリーなどロールプレイングの洗礼を受けた僕たち世代が、次に出会ってびっくりしたのがこの「シムシティ」だった。

その後ゲームは、フォミコンからプレステなどへ進化してリビングのテレビを占領していったが、この頃に登場したゲームのエッセンスやアイデアは、いまも全てのゲームにひきつがれているように思う。

仕事も忙しくなってきた僕は、ゲームを手にする時間がなくなっていった。だが、このエレクトリック・アーツ社によるシムシテイのシリーズだけは、常に視野のどこかで気になる光を放つ存在であった。

その後何回か、後継シリーズに触れてはみたが、そのいずれも初代バージョンに匹敵する高揚感感覚は得られなかったのだ。だから今回も、半信半疑で「とりあえず」という感じで、ダウンロードしてみただけだったのだ。グラフィックがすごいのに、動きにストレスもない。都市計画の数字を微妙に調整するスリルが、初代「シムシティ」に似ているぞ。市長に就任して、すぐに30年前の興奮を思い出してしまった。

しかし、何か?が違う。

「父さん、アプリ内課金は払っちゃだめだよ。きりないから」ダウンロードしてからすぐに息子から注意された。

「カキン?」

「まさかそんなワタシがそんな手に乗るもんかい。シムシティならお手のもんだから課金なんか使わなくともぜんぜんオーケーだよ」

ところが。ところがである。
やはり、最近のアプリというものは凄い。
市長就任後の顛末は次回またご報告(๑•̀ㅂ•́)و✧


真上からのビューは初代シムシティとそっくり!


2015年9月16日水曜日

せこくなっても当然だ

なんぞ人の非にかかわらん

昨晩のブログで、うっかりいまどきの高校生に苦言を呈するようなことを書いてしまったところ、FBのお友達諸子よりさっそく冷静なるコメントをいただいた。

「いまどきの高校生がもし、こころざしが低く、夢もちいさいというならば、それはまさにいまの大人(つまり僕のこと)のせこい生き方を真似しているだけなのではないか」

たしかにそうだった! 子は親の鏡というではないですか。いまの高校生とは、まさに僕たち大人を映す鏡だったのか。まったくそのとおりだ。オトナがせこいんだから、高校生がせこくなっても当然だ。やっちまった。

それでは、と考える。
僕たち大人は、いつからこんなに保身的でせこい生き物になったのだ?

やはり思い出すのは構造改革と自由化の時代。生産性とか効率化とか言っているうちに、終身雇用や年功序列といった古い秩序が消えていった。心安かった社内がいつのまにかギスギスしてきた。雇用の自由とかいっているうちに、正規雇用からあふれて沢山の若者がフリーターとなるようになった。競争社会、格差社会という状態が定常化していった。

うっかりすると、落ちこぼれてしまう社会。そういう社会では誰もが、生き残りのために慎重にならざるを得ない。バブル期に至る高度成長期に、みんなが大きなことを言っていられたのは、実は社会が安定して将来の心配が少なかったからなのかもしれない。将来が保証されていたから、誰だって無責任にでかいことも言えた。

誰もが先行き不安な現代。将来の夢がせこく小さくなって当然。ああ、だんだん考えるのが嫌になってきた。そういう時代だけど、僕たち老人はあくまで元気にいきたい。こんな言葉もある。

「老い去れば、自ずから万縁すべて尽きる」
「なんぞ人の是、人の非にかかわらん」(☆1)

中国の古い教えです。おじいちゃんになったら、こういう世間の考え方とは別に、自由闊達に生きることができるっていうんですね。老人の特権ということだそうです。せいぜい自由で元気で無茶やって、若者への手本となるジジイになるのだ。よっしゃー。(๑•̀ㅂ•́)و✧

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☆1:酔古堂劍掃(すいこどうけんそう)巻五
「老い去れば、自ずから万縁すべて尽くるを覚ゆ。那ぞ人の是、人の非に管らん」


年老いていけば、自然に世間とのつながりが切れていくように思われる。
かくなるうえは、いっそのこと世の中の是非善悪にわずらわされない生き方をしよう。
現代訳: 守屋洋 / 守屋淳 著 「中国古典名言録」より


2015年9月15日火曜日

大丈夫か高校生

大象は無形なり

職業柄高校の教室にお邪魔して高校生とお話することがある。大学の先生の「出張講義」というものである。その際には、せっかくなので「将来はなにになりたいですか?」とか、「そろそろ進路は考えていますか?」などと、高校生に聞いて見ることにしている。

しかし最近は、彼らの答えには「ん?」と、ひっくり返りそうになることがある。分をわきまえた答えというのだろうか。夢のない、ちいさく現実的な答えばかり。

君たちって、まだ高校生だよね...  高校生というのは、もっといい加減というか、適当でいいから、大きな夢を追いかけていても許される年代ではないの?

「医療に携わって人を助けたい」とか、「芸術に関わりたい」あるいは「世界の紛争地で平和のための活動をしたい」など、僕としては「お前そんなこと言ってるけど、そんなんで本当にやれると思ってんのか?」みたいに突っ込んでみたい。こっちが突っ込める、そんな無謀な夢を聞いてみたいのだ。

それが、返ってくる答えというのは「とりあえず進学したいと思います」「公務員ならば安定していると思います」「やはり資格をとったほうがいいと思います」みたいな、つまりちゃんと食べていけるかどうか、そこを気にしているような、突っ込むどころか、フォローのしようもない、そんな答えが返ってくることが多い。

君たち、一体いつからそうなったの?夢を追いかけていた子どもたちが、突然に現実を知ってしまった小さな大人のようにになってしまうのはなぜ。いったいどこの誰が、彼らの夢を消しているというのだろうか。

大象は無形なり。ほんとうに大きな人間の偉大さというものは、簡単には知る事はできないものだ。老子の教えです。「量ることができないくらい大きな人間になる」ということ。それは、いまの教育では、子どもたちの目標としてはもう意味をなさないのだろうか。

2015年9月13日日曜日

伯楽を待ちて後に至る

大谷池でしずかに花を準備する

このハスの花は、大谷池(おおやち)という、草津の遊歩道の脇にある池に咲いていた。オフシーズンには誰も通らないような場所なのだ。夏になるまで誰にも気づかれずに、静かに開花のための準備をしていたのだろう。

騎は自ら千里に至る者ならず(きはみずからせんりにいたるものならず)
伯楽を待ちて後に至るなり(はくらくをまちてのちにいたるものなり)☆1

どんなにすぐれた駿馬でも、自分でひとりでに千里を走るようになるものではない。伯楽のような人物がそれを見いだすからこそ、そういうことができるのである。すばらしい才能というものは、それを発見してくれる人物がいなければ発揮できないのだ。

先日、NHK・Eテレの「ようこそ先輩 課外授業」で、お笑い芸人の鉄拳さんが出演していた。パラパラ漫画は、「ふだんは気づかないようなものごとのウラ側」を知ることに通じる。それを優しいまなざしで子どもたちに教える鉄拳さん。ほんといい番組でした。

鉄拳さんはいま、パラパラ漫画の作品で世界的に評価されるクリエイターとなった。でも、これまでの鉄拳さんのキャリアは挫折の連続であった。もう、お笑い芸人をあきらめようとした時に、やっとのことでその才能を見いだしてくれるプロデューサーに出会ったそうだ。

この話は一見、偶然のことのように言われている。しかし僕は、偶然ではなく必然のことなのだと信じたい。鉄拳さんは「いつか見いだされるために」ずっとそこにいたのだし、大変な修行時代をくぐり抜けたときにには「誰かに見いだされる」ことが約束されていたのだと。

しずかに努力を続けた人を見いだす。
それが伯楽の役目なのですから。


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☆1:説苑(ぜいえん) 尊賢篇より
説苑は前漢に編まれた説話集。
書名は、人を説得するための話をまとめたものの意。


2015年9月12日土曜日

なぜ世界を目指さないのか

Mr.Woof Woof learning Oversea

ちかごろの学生さんたちからは、「海外に出て仕事がしたい」という話をなかなか聞かない。「海外へのあこがれている」という程度のことですらあまり聞かない。ましてや、「いつか海外で役立てようと英語だけは勉強してます」なんていう子にもなかなか出会わない。寂しい。

彼らにとって「海外」というものは「格安ツアーで、いつでも遊びに行けるところ」であって、「夢」や「あこがれ」という言葉を使う対象ではなくなったのか。

テレビをつければCNNのニュース。PCを開けば海外の有名人のゴシップも読める。洋楽なんかいくらでもダウンロード可能。海外ドラマだってすぐ録画。だけどね。ちょっと待ってね。言っておくけどね、こうして君がモニターを通して見ているものが「世界」だなんて、それはとんでもない話だと思うよ。

イラストは台北の国際空港のアート・オブジェです。タイトルは「Woof Woof Boy」(☆1)というのですが、その説明プレートによると、彼は、台湾から海外に出て勉強している学生らしい。夏休みに台湾に戻ってくると、こうして懐かしいフルーツを一杯食べたくなるんだって。顔がギラギラしてるでしょ。世界に出よう!という気概がある。

実際に、台湾の学生と会ってみると、日本人の学生にはない「覇気」というものをとても感じる。「世界に出る!」という情熱があたりまえで、当然英語も勉強している。みなとても大人の顔つきをしている。いました、いました。やるきがあって。世界を目指す学生が、ここ台湾に!

今夜のNHKで、八木沼純子さんが出演する「フォミリー・ヒストリー」を見た。彼女のお祖母さんは、世界史のただ中で活躍した外交官の妻。そのご主人を、病気で亡くした後も、女手ひとつで育てた子どもたちに海外で勉強させる機会を与えた。お金もない中で大きな借金をして。子どもたちにとって、日本を離れ世界を見る事の大事さを知っておられたから。

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☆1:
タイトル  Woof Woof Boy
作者 Hung Yi 
制作年:2011
設置場所: Taiwann Taoyuan International Airport

2015年9月10日木曜日

海を渡った高木先生

Mrs. Meow Meow at Taipei Airport


台湾の玄関口である桃園国際空港には、現代アートが其処此処に配置されていて、訪問者を楽しませてくれる。ターミナルには巨大なおもちゃの飛行機がぶら下がっていたり、若手アーティストのギャラリーもあった。

イラストにしたのは、空港からバスターミナルにつながる出口で待ち構える「猫猫小姐」という作品。ちょっとブキミですが、台湾にあふれるエネルギーの化身が笑っているようで、僕はいっぺんで友達になりたくなった。

日本による50年もの統治時代があった台湾。その時代に作られた建造物はいまも沢山残っていて、いまにつながる歴史を深く感じさせられる。 台湾農業の父といわれる八田與一による烏頭山ダムのように、今もなお台湾の社会基盤を支えているものも少なくないのだ。

最近、日台の間でとても感動的な再会のドラマが実現した話を朝日新聞の記事で読んだ。1939年までの12年間台湾の烏日公学校(現小学校)で1、2年生を教えていた高木波恵先生が、二度と会うこともできないと思っていた当時の教え子たちと再会できたのだ。 先生は106歳の高齢で、教え子たちも80代後半という。

今年公開された映画「KANO」(☆1)を見て、台湾のことがたまらなく懐かしくなった高木先生は、かつて文通をしていた教え子の楊さんに手紙を出した。ところがそこはもう新しい住所に変わっていて、楊さんの居場所がわからない。あやうく返送されてしまうところだった。しかしその分厚い封筒を「何か大事な手紙に違いない」と、若い郵便局員が訪ね歩いて宛先をさがしてくれたのだ。これをきっかけに、楊さんは当時の同級生たちをさがしはじめて、20人ほどを突き止めた。

高齢の高木先生は、実際に台湾まで出かけることはかなわない。台湾の同窓生たちはネットによるテレビ会議などで対面できないかと行政当局などに支援を求めていた。そこに手を差し伸べたのが、ネット会議サービスの「ブイキューブ社」の間下社長で、日台双方で技術や機材を提供してくれた。こうして、この9月8日に、台中市の烏日小学校の講堂で、高木先生と教え子たちの約80年ぶりの再会が実現したとのこと。ほんとにいい話ですね。(☆2)

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☆1:映画「KANO」
戦前に台湾から夏の甲子園に出場して準優勝した嘉義(かぎ)農林学校の活躍を描いた作品。この作品の中で、嘉義市のひとびとが大勢ラジオの周りに集まって声援を送るシーンがある。高木先生もこの時、現地でラジオ中継を聞いて応援していた。

☆2:
朝日新聞5月9日(土)夕刊記事「元小学校教諭、70年以上前の教え子に手紙」
および、同・9月9日(水)夕刊記事 「手紙がつないだ80年ぶりの対面」より
一生懸命に宛先の楊さんをさがしてくれた若き郵便局員、郭柏村さん。彼の誠意あふれる仕事ぶりは台湾でも美談としてメディアで取り上げられた。


2015年9月9日水曜日

国王は法よりもエラいのか



歴史の小道には、道端にめだたない草花が咲いている。そして時には、こういう小さな草花みたいな話が世界史の真実を語ってくれることがあるらしい。

たとえば、「国王は法よりもエラいのか」という疑問に答えるひとつの裁判記録があるのだそうだ。 封建時代なので法どころかすべては王族や教会の権力者たちの問答無用で決められていたのでは。ところが、14世紀のエドワードⅢ世の治世の時代ともなると、そうでもない事例が現れる。

ある州長官が、高等法院の法廷に、国王の印が押された新書をたずさえて出廷し、被告はすでに王の赦免を得ており事件は却下すべきであると申し立てた。ところが裁判所は、この申し立てを却下して、裁判所は国王の個人的な書簡を提示されただけで判決を下すことはできないと通告した。つまり、イギリス国王エドワードⅢ世は、被告を赦免することは出来ても、法を無視する事はできなかったのである。

このエピソードは、ハーバート・ノーマンの「クリオの顔」(☆1)に紹介されている。クリオというのは、歴史をつかさどる女神の名前である。彼女のひかえめで皮肉な性格は「歴史」そのものの本質を現しているのだ。「クリオの顔」は歴史の真の姿というものは道ばたの草のようなエピソードや目立たない登場人物が語るものということを教えてくれている。

学校で学ぶ世界史では、つい「勇敢な行動、軍隊の進撃と対抗、政治家の演説」など、わかりやすく派手な話ばかりが強調される。高校生が授業中に寝ないようにね。しかし、こうしたものは、どういうものかクリオの心を動かさない。エドワードⅢ世のエピソードもそうであるように、史実は退屈で目立たない資料に埋もれて読み解く人を待っている。そして、歴史に謙遜に学ぶことで偏見から解放されたものにのみ、クリオはその素顔と微笑みを見せるという。

とにかく、14世紀のイギリスの王様でさえ、法律をまげることは出来なかったのだ。ましてや現代の日本において、法律をまげて解釈するような独断専行の為政者があれば、いずれ歴史の女神クリオの不興を買ってしまうのではないだろうか。


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☆1:クリオの顔
「世界」1950年1月号に掲載された、ハーバート・ノーマンの書き下ろし論文。彼は戦時中に日本に赴任していたカナダの外交官であったが、日本研究者でもあり、同時にすぐれた世界史家でもあった。



2015年9月5日土曜日

良賈は深く蔵めて



いつもの通勤路を歩いていると、
あれ?こんな深紅のハイビスカスが咲いてる。
いつのまに?

ハイビスカスに限らず、花というものはすこしづつ蕾をつけておおきくなって、そしてさっと開くもの。そのプロセスでは、一番きれいな花は最後の最後まで、目立たないように隠している。だからこっちは、なかなか気づかない。

孔子という偉い人が、まだ若い頃。老子に会ってたずねたことがあるそうです。(歴史上は、本当は老子のほうが後世の人なんじゃないのとの説もあるようですが...まあ、言い伝えとして)「自分にはこれから何が必要ですか?」

老子はこう言ったそうです。
「まず、君はスタンドプレーが目立つし、欲も多すぎだね」
「ジェスチャーも派手。何にでも手を出したい淫気過ぎる」

とまあ、こういう徹底的な駄目だしを受けたということです。
老子はさらに追い打ちをかけ、かの有名な格言を孔子に伝えた。

「吾れ聞く、良賈(りょうこ)は深く蔵(おさ)めて虚しきがごとく」(☆1)

良き商人というものは、店構えはなどは貧しく見せておいて、本当の宝物のような商品は、その店の奥深くにしまっておくものだ。あなたのように、店先に見せびらかしているようではね、まあ、見込みはないね!

才能あふれる作家やデザイナーが、焦って早過ぎる成果の発表に走る。するとそれが世の中のひんしゅくを買ってしまうこともある。若い時には「良賈は深く蔵めて虚しきがごとく」あるほうがよい。自分の自慢したいようなものは、時が至まで隠しておいた方がよいのだ。

孔子は老子のこの教えを聞いて素直に深く反省をしたので、あのような大聖人になったのでしょう。

僕なんか結構いい年になってしまいましたが、良賈どころか、いまだにお店にならべる品物もなにもなくあたふたしているばかりの毎日です。


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☆1:
PHP文庫 現代活学講話集 十八史略 上巻
第二章 中国思想の源泉 「孔子の章」より



2015年9月4日金曜日

カオスな朝


みなさんの、毎朝の出勤前の支度って、どんな感じですか?

歯を磨いて、朝ごはんを食べて、ヒゲを剃って、カバンの中身を確認して、また歯を磨いて... あっと、インコの水を替えて、おっとハンカチハンカチ...  僕の場合、自分で笑ってしまうくらい手際が悪い。

これがNASAの宇宙飛行士ならば、朝起きてからその日のミッションに移るまでのプロシージャーというものがあって、それも合理的で安全性にかなったもなのだと思う。歯磨きのキャップとドッキングハッチを間違って捻ったりしたらタイヘンだ。

朝の電車でメイクをする女性もビシッとしている。窮屈な場所なのに、バックから道具を次々と取り出してはどんどん仕上げていく。片目だけ忘れたりしないように、きっちりと手順ができているのだろう。唖然とするほどの手際の良さ。

その点で、僕はというと、何か持ち物を忘れたり、靴下が片方だけ違ってたりとか。それでもまあ命には別状ないことをいいことに、カオスな朝のドタバタを何年も続けている。

それでもこんな朝だけど、余裕がある時にはいいこともある。歯ブラシを手にして「あ、あの会議の資料まだだった。危ない危ない」と気づいたり、インコの水を替えながら「あの映像はカットした方がいい」なんて思いついたりする。時には、自分でも惚れ惚れするようなアイデアが浮かんだり( あとでそうでもないことに気づくけど )、昨日までの判断の間違いに気がついたり、そういう結構ラッキーなことも、ちょいちょい起きる。

カオスな朝だからそういうことになるのか、そういう風に上の空だからカオスなのか。どちらか良く分からないけど、カオスも悪くない。

習慣というものはそうは変わらないので、しばらくはこういう朝が続くのだろう。迷惑をこうむっていると言えばまわりにいる家族だけか。毎朝、無駄にウロウロしててごめん。


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☆イラストは、八王子駅前にある「リストランテ BUONO 」のスパゲティセットです。とてもおいしいお店です。ぜひお試しをー\(゚ω゚=)


2015年9月3日木曜日

レイチェル・リンド

宝石のようなカップ / 小伝馬町のカフェ華月で

レイチェル・リンドというおばさんのことを覚えていますか?

「赤毛のアン」に登場する、わりと重要なキャラクターですよね。アンが住むグリーンゲーブルスから丘を下っていったあたりに住んでいました。だから、アンの養父母である、マリラやマシューが街へ向かう時には、どうしてもこのレイチェル・リンドさんの家の前を通ることになります。

家事全般を完ぺきにこなす主婦であり、人の行動倫理を極める教育者でもある。こういう人だから、マリラのアンに対する教育方針にもなにかと口を出す。悪い人ではないんだけど、真面目過ぎてちょっと困った人です。

彼女は、自分の家の周囲で何か変わったことがあると、それが何なのかが理解できるまで、徹底的に調べないと気がすみません。マシューがちょっと正装して通っただけで落ち着かなくなってしまう。

「ああ、これで私の一日は台無しだわ」

いったい何があったのだろうと、行き先をあれこれ詮索しないではいられません。家事も、なにも手につかなくなってしまう。

カナダの田舎アボンリーに住むレイチェル・リンドですが、SNSに時間を費やす僕たちによく似てませんか。

誰がいま何をやっているのか、どこへ行っているのか、何をつぶやいているのか。仕事をしているのか、休暇をとっているのか、誰と食事しているのか、タイムラインをチェックせずにはいられない。

まわりが何をやっているのかいつも気になる。
でもそのくせまわりと同じ事はやりたくない。
みんなそういうものですよね僕たち人間って。


2015年9月2日水曜日

費やした時間



手っ取り早く仕上げた仕事というものは
崩れ去るのもあっという間なのですかね

昨年の6月、東京で開催された「台湾国立故宮博物館展」には、中国の名工たちの作品が並んで話題となった。ミクロコスモスのような翡翠工芸品に残された精緻な技を見ようと、会場の東京国立博物館には、炎天下に長蛇の列ができた。

博物館を訪れた人たちがため息を漏らして見つめたのは、名も無き職人たちがつぎこんだ長い時間の苦行と鍛錬。長い時間を経ても、変わらず人びとから賞賛されるもの。それは、きっと費やされた時間そのものなのだ。

これらの工芸品が作られた当時、世間に聞こえていたのは、これらを所有していた権力者や金持ちの名前ばかりだったのだろう。肝心の芸術品の作者名など、誰も気にしなかったに違いない。

しかし、何百年もの長い時を経て、いま現代に残っているのは、そうした無名の職人たちの技の跡だけなのだ。彼らが無心で成し遂げたこと、そしてそれに費やした時間が、その結晶となって残っているのだ。作品に刻まれて今に残る彼らの魂が。