投稿

9月, 2013の投稿を表示しています

水分が足りなかった

イメージ
なぜこんな失敗をしたのか不思議。今日の失敗の言い訳を、言うとしたら「デジタルの弊害」ということか。大事な「ミズバリ」という作業を忘れていた。
千葉大学工学同窓会(☆1)の展覧会で「凡展」というものがある。今年で24年目だそうだ。その「凡展」に、僕は今年から参加させていただくことになった。大学の恩師が展覧会の責任者でいらっしゃるので、以前から誘っていただいていたのだが、なかなか参加出来ないでいたのだ。作品を作る時間が無かったというよりも、とても作品に自信が無かった。

バラとはなにかひとことで言いあててみよ

イメージ
「バラの名前」という話がある。バラというのは、私たちが「バラ」と名付けたからこそ存在しているのか。それとも、バラという存在は普遍的なものとして存在していて、私たちがそれに名前をつけて呼んでいるだけなのか。なんだかそんなような話だった。
詳しくは、宗教学の方や哲学の方に語ってもらわなければならないのだが、ここはいい加減のまま許して欲しい。要するに今日この花について、私が一体何を知っているかということなのだ。バラに関する情報は山ほどある。とげがある。バラ科である。花びらが紅い。アロマの原料になる。女性に好まれている。紅いバラの花言葉は「愛情」である。

空に雲をかける大樹

イメージ
夜空を見上げると、丸い月のまわりに大きな雲がかかっていた。
雲のかかるも月のため 風が散らすも花のため
昔の人は粋なことを言うものだ。猛威をふるった台風が大気中の水分も塵も吹き飛ばして、青々と広がった今日の秋晴れの空。本当にすばらしいブルーだった。知り合いのフェイスブックやツィッターでも沢山紹介されていた。でも、午後には早くも秋の雲が出現して、いまはもう大きな雲にまで成長した。日本列島上空の大気は、本当にダイナミックに動いているんだ。

新聞王は1931年式ロードスターを買った

イメージ
1931年式フォード・ロードスターである。長崎新聞文化ホールの玄関に展示されていた。展示プレートの写真を撮り忘れたので、正確ではないが、確か何代目かの社長が外遊の折に買い求めたものらしい。(☆1)長崎新聞は、明治12年(1889)、当時長崎で唯一の日刊新聞だった保守系の「鎮西日報」に対抗して創刊されたという。(当時の名前は長崎新報)
当時の日本人にとってどれだけ高価なものだったのか想像もつかない、こんなすごいものを購入できたのだから、新聞社の社長といえばそれは、大変な勢いだったのだろう。新聞こそが、近代日本を切り開いてきた情報革命の中心だった。そんなことを、このワインレッドに輝くマシンが語っているような気がする。

土壌の塩化という問題を考えてみた

イメージ
いやー、半沢直樹いったいどうなるのだろうか。大和田常務を追い詰める最終回。悪役の香川照之さんがすばらしいので、これはもう視聴率40パーセント超えも夢ではないね。悪役が憎たらしければ憎たらしいほど、主人公への思いはつのる。倍返しへの期待は募る〜(=゚ω゚)ノ。
こうして水彩画を描く。ワインレッドの絵の具を、水で溶いてスケッチブックに落としていく。水という素晴らしい媒体によって、絵の具にふくまれる顔料成分がスケッチブックの土壌へと流れ込まれていく。水が導いた顔料はそこにとどまって発色するけど、水そのものは蒸発してしまう。

ビスケットを食べる生き物について

イメージ
自分自身で栄養を作り出すことはできず、他の生物のから栄養をうばって生きている生き物を「他家栄養生物」という。ビスケットなどを食べて生きている私は、この「他家栄養生物」の陣営に属する生き物である。ほかの陣営はというと「自家栄養生物」という。
この「自家栄養生物」の陣営で生きている生物は、どうやって栄養を作り出しているのか。彼らは、大気中の二酸化炭素などの無機原料から有機分子を作っているのだ。太陽のエネルギーを借りて、光合成をおこなって「生き物でもなんでもない」分子を組み合わせるという労働をしている。誰のために?生き残るために。

マーク・フィッシャー先生

イメージ
お元気なうちにお会いしたかったなーと思う人がいる。会えるわけがないのだけど、一度でいいからその声を聞き、その姿をこの目で見てみたかった。話せるわけがないけれど、お話してみたかった。そういう人。松下幸之助、ピーター・ドラッカー、安岡正篤、勝海舟。なんとか一度お目にかかりたかったと思う。絶対無理だけど。ドラッカー先生以外は、私が社会人になる前に亡くなってしまっている。安岡先生は私の就職の年に亡くなられた。

ウオーターワールド

イメージ
つい先月まで「水不足」が心配な状況もあったのに、このところは日本中が豪雨に見舞われて大変な災害を被っている。水の豊かな国だからこそなのだが、なんとか一年中穏やかに水の流れに囲まれて暮らすことはできないのだろうか。これは縄文時代から日本列島に生きた人々すべての願いだったろう。
地球上で水から生まれたといわれる、僕たち生命。身体の大半が水なのだし、どちらかというと水に覆われていた生き物がいつのまにか逆転して、身体の中に水をため込んでいる状態のようである。とにかく、僕たち生き物のというものは、水と酸素なしにはひとときも生き続けることができない。
だから水という存在は、あまりにも大事で身近なものである。そして、平穏な日常生活の中では、あって当たり前のような、ありふれた存在になっている。(日本のように水の豊かな国だけかもしれない)

実り多き時代

イメージ
「フルートフル 」(☆1)という単語があることを知ったのは、結構な年になってからだった。「フルートフル」つまり、フルーツが一杯。実りがいっぱい。「実り多き」という意味。こんなに使いやすい褒め言葉なのに、大学を出るまで知らなかった。
最近ではちょっと少ないような気がするけど、日本人の名前には実さんという名前がある。外人で「フルートフル」さんというのは聞かないけれど、「実り」という意味を含んだ単語を知ったのはなぜか嬉しかった。単純に「マーベラス」だの「グレイト」などというよりも、そこに「よく頑張ったね」というニュアンスを含めることができる。

ハーヴェイ・カイテル

イメージ
声を聞いただけで「あっあの人だな」と分かる。そういう「声が気になる」俳優っている。私の中では、ハーヴェイ・カイテル氏がダントツである。しわがれた声質で、相手に対してぐいぐいと踏み込んでくるような喋り方。語尾が上がるから、相手の反応を一々確かめるように、からんでくるようなニュアンスになるのか。
スーパーで働く奥さんの稼ぎでだらけた生活をしている青年(演じているのはタランティーノ)を、ぐいぐいマイペースで引きずり回す暗黒街の掃除屋・ウルフ。この役本当に良かった。「パルプ・フィクション」の後半に登場する。
時間軸がウルトラぶっとんだこの映画の後半、観客がだんだん訳がわからなくなったところで、ものすごいリアルな存在感で登場。時空間が怪しくなってきた映画に、現実的な磁力のようなものを注ぎ込む役だ。私、このウルフ登場のくだりだけでも何度でも見たいと思う。

宇宙の一部になります

イメージ
八王子駅前にあるイタリア料理店で出してくれる「魚介スパゲッティ」は逸品です。糖質ダイエットを励行中であるはずの私は、本当は食べてはいけないものなのだけれども、この暑さのせいか、こういうものが食べたくなってしまいます。それに、八王子駅南口を見渡せるシチュエーションにある、このお店は、大学に通うスクールバスを待つのにも、最高のポイントなので、よく利用させていただいております。
おいしい食べ物をだまって食べてればいいものを、こうして水彩画にまでして描いてみると、ちょっと余計な考えも浮かんできます。このスパゲッティは、どのようにして私の身体の一部になってくれるのかしら。消化と吸収のプロセスについては、中学校でも勉強しましたし、以前に働いていた放送局で担当した科学番組でもずいぶんと取材しました。