2011年11月28日月曜日

芸術家は食えない

アマディのカマキリ
わたくしはアーティストを無条件で尊敬いたします。

アーティストといえば、芸術家。芸術家というものは、社会的地位や収入、名声などとは関係なく、自分自身の芸術の道を極めるもの。ゴッホにしろ、モジリアニにしろ、制作に没頭していた生前は、自分の作品が何億円という価格で取引されるなど、夢にも思わなかったはず。

判っていても、そう出来ないのが現代。ついつい、手近なところで成果を挙げて、ちょっと有名になろうとか、ちょっと儲けてやろうとか、ベリー・ショートサイトな(超短視眼的)欲求に走ろうとする。私自身が、とても怪しい。いまどきの学生も、とても怪しい。芸術をやりたいのか、有名になりたいのか。結局は「芸術家として有名になって、お金持ちになりたい」というのが、いまの私たちの「本音」なのですよ。

とても心配なのが、美術大学の男女比です。ものすごく女子が多いんですよ、いまの美大。どこでも大体そうです。いまの男の子たちは「芸術」を目指さなくなったんだろうね。やはり「芸術家では食えない」という現実を知っているからでしょうか。いまや日本男子は美大を目指さないのか。

そんなことを考えつつ、NHK・BSの「たけしアート☆ビート」を見ました。(☆1)

2011年11月22日火曜日

退屈しよう


あまりの忙しさに心も体もつかれた時。
そんな時に、疲労で固まった頭をときほぐして、「ほーっ」とできる本があります。

水木しげる大先生の「のんのんばあとオレ」です。どのページから開いて読み始めてもOK。どこを開いても笑えます。僕は、水木ワールドにしばらく触れないと禁断症状が出るので、定期的に「水木文献」に接するようにしていますが、数ある「水木文献」の中でも、最大の解毒と癒しの力をもつのが、この「のんのんばあとオレ」なのです。

昨夜も、なにげなくそのページをめくりました。

少年時代の水木先生がやっていた、大事業の数々が書いてありました。ガキ大将になり、子分をこき使って収集した大昆虫標本。300を超えたという新聞の題字収集。立体地形地図。ミカン箱に針金を張って作ったギター。小学校のコンクールで佳作をとった油絵。ご幼少の頃の水木先生は、当時有名になりつつあった、山下清画伯とならび称されるほどの神童だったのですよ。

2011年11月21日月曜日

なぜ出来ない

黒澤映画だと思った。

ちょっと誉め過ぎかもしれない。でもそう感じたのです。この「JSA」という映画は黒澤監督の血を引いていると。

冒頭から一気に中心テーマに向かう、無駄の無いアプローチ。本格的な社会派ドラマ。妥協せずに一直線にひっぱるプロット。なによりもインパクトある音と映像、力強い演出。これは「黒澤明監督が現代に解き放った新作ではっ!」という錯覚に陥るほどだった。(☆1)

やはり、誉め過ぎですかね? 誉めすぎと言われてもいい。私はこの映画を賞賛したい。現在の日本映画に これだけ力強く、社会的テーマを最後まで描ききったものがあるだろうか?今の日本映画は、興業成績ばかり気にして、一般受けしそうなプライベートなテーマばかり。恋愛コメディもの、アクション刑事もの、難病もの、動物もの、下級武士ホームドラマなど、繊細なテーマで涙をさそおうとするばかり。このJSAのように、社会に挑戦するような映画制作は、日本では出来ない。

なぜ出来ないのか?

2011年11月6日日曜日

見える人には見える

エドモンド・ハレー (1656 - 1742)
見える人には見える。

エドモンド・ハレー。かのハレー彗星が75.3年周期で太陽を回っていることを予言した人。ニュートンに「プリンキピア」の出版を勧めた大科学者。彼は、インド大陸に吹く「モンスーン」の仕組みも明らかにした。そういうことが「見える人には見える」のだ。

インドだけでなく赤道一帯に位置する国は、夏と冬に「モンスーン」と呼ばれる季節風が吹く。この風がいつどのように吹くかを予想するのは、インドを統治するイギリスにとっては重大事。貿易船はこのモンスーンに乗って、西へ東へ運航していた。また夏のモンスーンが吹かなければ、インド内陸部に飢饉が起きる。(☆1)

ハレーは、この「モンスーン」の原因を、太陽光がもたらす熱エネルギーがであることを明らかにした。インド大陸の陸地における温度上昇と、インド洋海面の温度上昇の差が、大気運動を作り出す要因であるという説をまとめた。(☆2)すごい人ですね。私のような凡人なら、天を見上げて「今年は雨が多いね〜」とか「蒸しますね〜」などと言うのだけのこと。

二度と言わない

ロンドンのスピーカーズコーナーでの独演会

「同じ事は二度と言わないから」
こう言って始まったお説教は、たいがい繰り返し聞かされる。

「二度と言わないから」というのは、「これ聞かなかったら大変なことになるからね。あんた」という、いわば脅しにすぎない。「ねえ聞いてくれよ」とか「よく聞いてちょうだい」と下手に出ても良いのだが、上の立場にいる人間としては言いにくい。「同じ事は二度言わないから、耳の穴かっぽじって良く聞け」と高飛車に言う。その上で、同じ事を何度も何度も言う。大学の先生などがよく使う手である。

NHKのアナウンサーもよくこれをやる。さすがに「同じ事は二度言わないので、よく聞いてください」とは言わない。そのかわり、ただただ何回も言う。「ギリシャで内閣信任案が可決されました。繰り返しお伝えします。ギリシャで内閣不信任案が可決されました。ただいま入ったニュースです。ギリシャで...」こんな風に、臨時ニュースになるような大事な話は「何度も」伝える。

2011年11月2日水曜日

テンプレ人間

てんぷら、ではない

最近の学生はよく、「テンプレありますか?」と聞いてくる。

「てんぷら」ではない。研究室に「てんぷら」はない。そば屋ではないのだ。彼らの言う「テンプレ」というのは、いわゆる見本(テンプレート=定規)のこと。つまり彼らは自分がこれから書くべき申請書や、依頼文、はたまたレポートや卒論などの文章の「すでに出来上がった」良き見本はないのかしら。そう言っているのだ。

一見立派な話でしょ。自分の文章には自信がないので、より良い見本があれば参考にしたい。できれば先生のお書きになった、理想的なものを見せて下さい。そのように考えているならば立派な話だ。受けて立とうじゃないか。