2015年10月31日土曜日

サンスベリアは生きていた



今年の夏、家族とホームセンターに寄った折に、このサンスベリアの小鉢を買った。ガラスのコップに植えてしばらくたった。一週に一度くらい、適量の水をあげていたら、なんと根元から芽が出てきた。ちょっと驚いた。どうせ安物の小鉢なので、また枯らしてしまうのが関の山かと思っていたのだが、なんと我が家の環境になじんでくれたのだ。

今月の初旬に一週間の出張があったのだが、出発前にパキラの鉢を剪定した。伸びすぎていた枝をバッサリやったので、出張中もちょっと心配していたのだけれど、戻ってみるとちゃんと小さな葉っぱの芽が顔を出していた。ほっとした。

ほんの小さなことだけれども、生命というものは、本当にすごい。今年のノーベル生理学賞を受賞した大村先生の研究は、ゴルフ場で採取した微生物から薬品を作り出したんだって。 ほんとに? 生き物を助け、生かしていくのも、やはり生き物なのだ。あたりまえのことだけど、生命というものの素晴らしさを改めて感じる。

2015年10月27日火曜日

真っ赤なトマト


トマトほど「赤い」食べ物があるだろうか。サクランボも赤いけれども、水彩画にする時の印象がちょっと違う。可愛らしいサクランボに比べて、トマトの赤のほうはズカリと座った存在感があり、赤い絵の具を塗っていて爽快である。

原産地は南米ということだ。アンデスの山の澄んだ空気と太陽で育つ。船に乗ったスペイン人たちがヨーロッパに持ち帰り、品種改良の結果食用となったらしいが、はじめは「こんな赤い物は気味が悪い」と誰も食べようとはしなかったとか。

それでも、いまや栄養豊富な食材として欠かせない。どんなに見た目が奇抜で異様だったとしても、中味が滋味に溢れていて、誰をも癒し育むものであれば、いずれ必ず万人に愛されるようになるということか。

2015年10月26日月曜日

まるで宝石の浜辺



「サイバー・ワールド2015」という、そのまま未来世界のような学会に参加してまいりました。世界から集まった面白い研究者との交流が楽しかったです。スェーデンのウプサラ大学・ゴットランド校が会場でした。この大学は、ゴットランド島のヴィスビーという世界遺産の街の突端に位置しております。古きヨーロッパの気品に溢れた、色鮮やかな街で、「魔女の宅急便」の舞台であるというのもうなずけます。

大学のキャンパス自体が、まるごと中世の遺跡であるゴツイ城壁に囲まれているという信じられないようなロケーション。そしてその大学のすぐ裏はバルト海に面する浜辺なのです。夏のシーズンには、避暑の観光客でにぎわうというこのあたりも、今は閑散として冬の気配が漂っていました。下の写真をご覧ください。こんな風景なら気宇壮大なる研究も出来そう。ノーベル財団もすぐ隣だし。

この海岸、遠浅なのになぜか砂浜ではないのです。そのかわり、河原にあるような丸石が敷き詰められていました。しかも色とりどりの宝石のよう。ここは、荒波の打ち寄せない内海だからでしょうか。

いまでこそ、白鳥や渡り鳥たちが羽を休める平和な海岸ではありますが、ひと昔前は、刀を振り回すバイキングが跋扈し、十字軍の精鋭部隊が蹂躙するバルト海における軍事的要衝。血で血を洗う激戦の跡地であったらしいのです。夏草や。松尾芭蕉の気分にもなりました。


いまは平穏。ヴィスビーの夕景

2015年10月3日土曜日

知らないほうがよかったかも

カンナ、怪獣みたい?

“Old Science Fiction Films“というフェイスブックのサイトがある。そこに週一くらいで、昔のSF映画の写真やポスターが投稿される。あの頃のSF映画というのは、金星から怪獣が襲来したり、猿が人類を支配したり、荒唐無稽なストーリーとトンデモ科学理論が売り物。「フィクション」なんだから何でもあり。「サイエンス」のほうは二の次だった。

巨大化したフランケンシュタインに人間が食われてしまう話なんてほんとに怖かった。それを白黒テレビの画面で見たりするからか、トラウマになるほど恐ろしいものに思えた。しかしその後、科学の時代となってくると、怖さの感じ方も変わってくる。「フランケンがあんなに巨大化したら、脚が地面にめり込んで歩けない」とか、科学的根拠の細部に突っ込みたくなってしまい、せっかくの娯楽作品が楽しめない。

SF映画を作るほうだって、それだけ窮屈になってきたのでは。昨年のヒット作「インターステラー」でも、細かい科学的根拠を説明するのに苦労していたように思う。一方で、現代科学がどれだけ万能かというと、本当にそうなのかは怪しい。科学が宇宙の真理をすべて解き明かすなど、まだまだずっと先のことのようだ。

だったらむしろ、心の中だけでも原始人に戻っても良いじゃないか。地球が丸いことを知らなかった時代の人類の気持ちで想像力を解き放とう。そして大胆でぶっ飛ぶような、夢のようなホラ話を作れたらいいのにな。




2015年10月2日金曜日

道に迷った時には

こんなとこなら迷っても当然

慣れない駅のホームで電車から降りたとき、僕は右左どちらの階段に向かうべきなのか分からなくなる。それはまあ仕方ないことだ。駅の改札を出てから目的地に向かう時にも、方向が分からない。これも仕方ないかも。深刻なのは、良く知っている場所でも、ちょいちょい迷子になることだ。以前働いていた会社の社屋内ですら迷ったことがある。

僕はこれを「生まれつきの方向音痴だから」ということにしている。しかし一方で、それがただの言い訳に過ぎないことも知っている。人間には方位を感じる感覚器官など無いではないか。感覚の問題ではなく、そもそも地理的情報が欠落しているだけなのだ。地図を整理して頭に入れようと努力せずに、「勘」で方向決めている僕は音痴ではないのだ。きっと、ただの怠け者なのだ。

大学で若い世代の人たちと接していると「人生で進みたい方向がわからなくなった」という悩みを聞くこともある。そんな時は、彼らにこんな風に話をする。「君は社会とい地図を知らないだけなんだよ。道に迷わば木を切りてその年輪を見よ(☆1)と言うしかからね」 偉そうな言い方ですが、僕自身が痛い目に合って、身に沁みていることですからね。

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☆1:道に迷わば木を切りて年輪を見よ

「木を切って年輪を見る」とは「歴史を学んで進むべき方向を知る」という意味なのだそうです。寺島実郎さんの著書「歴史を深く吸い込み、未来を想う」で紹介されていました。

養老先生のブルースカイ



朝日新聞の「人生の贈りもの・わたしの半生」は僕の大好きなコラム。いまは養老孟司先生が登場されていて、毎晩帰宅後に読むのが至福の数日であった。たくさんの名著を残し、本業の解剖学者としても趣味の昆虫学者としてもすばらしい先生の半世記を、こうした簡潔なインタビューで読めるのはうれしい。

昔NHKの番組取材で、東大の養老先生の研究室にお邪魔した。解剖学の研究室なので、物凄い標本類の数々が置かれていてビビったのを覚えている。僕なんぞ、取材チームの末席の初年兵に過ぎないのに、そんな僕のシロウト質問にも、先生はにこやかに丁寧に対応してくださった。あの時、瞬時に、穏やかで優しい養老先生のファンになった。

定年前の55歳で東大を辞めた日の朝、養老先生には「空が青くきれいに見えた」そうだ。勤め人としての責任から解き放たれて、本当の感性が解放されたのだ。養老先生いわく、人は外部からのイメージに合わせようとして生きている間は、青空を美しいと感じる余裕もないということらしい。うーん、どうしよう。明日キャンパスで、空を見上げてみよっと。