2009年9月27日日曜日

ネットによる価格破壊

9月25日の日経朝刊から、3つ別々の記事を拾ってみる。いずれも「ネットによる流通」が原因となって起こった「物価下落」に関するものだった。その要旨をまとめて並べてみよう。

その1「価格破壊-新たな潮流-ネット・PBが主役」
景気は最悪期を脱したが、物価下落は止まらない。需要ギャップの拡大に加え、プライベート・ブランド(PB=自主企画)やインターネットの普及といった構造変化が新たな価格破壊を起こしている。

その2「パソコン勢力図に変化-ネットブック-低価格・小型」
小型のノートパソコン「ネット・ブック」がパソコン市場の牽引役となっている。安く、持ち運びやすい点が消費者に受け入れられ、瞬く間に世界的なヒットとなった。市場を活性化する一方で、パソコン価格の低下を促し、業界の勢力図にも影響を及ぼしている。

その3「東京ゲームショーきょう開幕-ネットが主戦場」
ソニー・コンピュータ・エンタテインメントの目玉は「PSP go」で、ゲームソフトはすべてネットから取り込む。パッケージにして店頭などで販売する従来の仕組みを根底から覆す。販売店側からは「ソフトで稼ぐ仕組みが崩れかねない」と懸念が広がる。

2009年9月22日火曜日

アリの多数決

蟻と蟻 うなづきあひて 何か事 ありげに奔る 西へ東へ

橘 曙覧

蟻というものは、とびぬけて統制のとれた群行動をする動物だ。複雑な居住システムを完備した巣穴を、組織的な行動で作る。種類によっては、巣穴の温度調節まで行うそうだ。女王を守り、その子孫である卵や蛹を世話する。もちろん、食物を集めハンティングも統制のとれたグループ行動によって行う。

何年か前に、お台場の科学未来館を見学した際に、ミュージアム・ショップで、まさに「未来的」な「蟻の飼育セット」を購入した。NASAがスペースシャトル内での、蟻の飼育用に開発した特殊な土壌のはいった、透明ケースに、別容器にはいった生きた蟻が5匹ついててきた。そのNASA開発の土壌というのは、透明な水色をしたゼリー状のもので、それ自体が蟻のエサであるために、特別のエサやり不要という、いたれりつくせりの飼育セットである。

その飼育セットには、飼育観察のための解説書もついていた。そして、その解説書にはこんな気になることが書いてあったのだ。「蟻をケース内に放してみましょう、するとまず蟻たちは、どんな巣を作るか、ミーティングを始めることでしょう」

まさかね。

おそるおそる、別容器にはいっていた蟻たちを、水色の新居へと放してみた。しばらく息をつめて観察していたところ、驚くべき事に蟻たちは本当にミーティングを始めたのだ。上の写真のように、顔をつきあわせて、おそらくは30分ほどは、なにやら話し合いをしているように見えた。おたがいの触覚を触れあわせて、確かに何かの情報交換をしているように見えたのだ。

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アリの行軍

アリの集団は、一個の個体はそれほど賢くなくて、その行動も単純なものだとしても、集団全体としては、恐ろしいほど複雑で高度な社会的行動を実現すると書いた。それは事実である。しかし、その逆にアリの集団全体が、アホらしい自滅的行動に追い込まれるケースについての記述を見つけたので採録させていただく。ジェームズ・スロウィッキー著/小高尚子訳「みんなの意見は案外正しい( The Wisdom of Crowds )」より。P.59
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二十世紀初頭、アメリカの生物学者ウィリアム・ビーブは、ガイアナのジャングルで奇妙な光景に出くわした。それは巨大な環状に動く兵隊アリの大群だった。アリ一匹が一周するのに二時間半かかる円周が360メートルはあろうかという環で、アリは二日間にわたってぐるぐるぐるぐる回り続け、最後には大半が死んでしまった。
ビーブが目撃したのは、兵隊アリが自分のコロニーに戻れなくなった状態である。兵隊アリは一度迷うと、自分の前のアリに続くという単純なルールに従う。その結果生まれた環は、たまたま何匹か違う方向に逸れて、ほかのアリもそれに続いた場合にしか終わらない。

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2009年9月21日月曜日

ロスアラモスのマニアック

ふと本棚から「ガモフ全集」を取り出してみた。この全集には、別巻として「現代物理科学の世界」上中下の3冊がついている。いままで気づかなかったが、この別巻3冊にも、ほかのガモフの著作同様しゃれたタイトルがついていた。" Matter, Earth, and Sky ” 「ものごと、地球、そして空」ね。まるで、いまどきの写真集のようなおもむきのタイトルですね。いいなあ、これ。

大学の帰り、眠い電車の中で拾い読みをはじめる。英語版オリジナルの出版は1958年とある。なんと私の生まれた年だ。第5章「電磁気学」に「電子計算機」という一段があり、そこに当時の最高クラスの電子計算機「マニアック」に関する記述を見つけた。

「たとえば、ロスアラモス研究所にある”マニアック”という名の古強者の計算機は、3,000本の真空管を持ち、10進法で12ケタの2つの数を約10万分の2秒で加えることができ、同様な数を1,000分の1秒以下で、掛けたり割ったりできる。こういう高速なので、電子計算機は、人間がやれば100人で100年かかる仕事を数日間でやることができる」

「ロスアラモスのマニアックは、彼の”数学の先生” S.ウラム氏からチェスの基本ルールを教えてもらって、”並の能力とすでに10局か20局の経験を持つ10歳の子どもと同様に”チェスを指すことができた。チェス指し用に特殊な設計をされた電子機械は、やがてはどんな世界選手権保持者をも負かすことができるようになると思われる。しかしウラム氏が著者に語ったところによれば、”電子計算機が人間のチェス名人を負かすようになるのは数十年先のことだろう”という」

実際に「電子計算機が人間のチェス名人を負かす」ことができたのは、1997年の5月のこと。この本が書かれてから約40年後だ。

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自動翻訳の不思議

引き続き「ガモフ全集・別冊1」より

「去る者日々に疎し」という文章を、電子計算機で自動翻訳した結果が面白い。
かなり昔のことだが、あるひとが行った実験。電子計算機の黎明期に、自動翻訳(英語→ロシア後→英語という翻訳)を試みた結果、以下のような深淵な答えが得られたという。
初期値:「去る者日々に疎し( Out of Sight, Out of Mind )」
最終値:「見えない気ちがい( Invisible Maniac )」

私は自動翻訳の専門家ではないので正しい実験はできないが、とりあえずもっとも手近なところでひとつやってみることにした。お世話になったのは「excite翻訳」というサイトである。
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まず英語から日本語へ。
" Out of Sight, Out of Mind "は、ちゃんと「去る者日々に疎し」になった。

それでは日本語から英語へ。
「去る者日々に疎し」は、” It is ignorant of the person date that leaves. ”となる。なるほど。英語では、こういうふうに言えばいいのか!意外と変わった言い回しだ。

よし、ではもういちど、英語から日本語へ。
あらら、” It is ignorant of the person date that leaves. ”は、” It is ignorant of the person date that leaves. ”のままだ。変換されないぞ。簡単すぎて翻訳拒否なのか、難しいのか。

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2009年9月20日日曜日

モラルハザード

先日、JDC(ジャパン・デジタルコンテンツ)信託の「信託免許取り消し」について感想を書いた。

その後、ある記事を思い出したぞ。10日前の9月7日日経朝刊に、ファンドマネージャーのモラルハザード行為についての解説が載っていた。これは、今回のJDC信託の件とは無関係ではある。しかし思い出したついでのメモとして、ならべて書いておきたい。ところで、こういうのはまさに「経済学的」な分析だなあ、と思いますね。

ファンドマネージャーは、顧客の資産を運営してそれが成功すれば、巨額の報酬を受け取ることができる。しかし逆に、損失を出したからと言って、それを補填する義務はない。何億円もの資金が失われたからといって、ファンドマネージャーが受ける罰は、せいぜい「解雇」くらいのものだ。自分が損失を引き受けることはないし、もし頼まれてもそれは出来ない相談だ。失われたんだから。

すなわち、ファンドマネージャーは、損失の大半を出資者に押しつける余地を持っている

出資者というものは、通常自分では、割高のものは購入しない。自分の持っている資金の価値に比べて「価値が割高の物件」を購入する理由は存在しない。別の言い方をすれば、損を承知の賭けはしないはずだ。

ところが、ファンドマネージャー側には、これをやる理由がある。危ない取引であっても、少しでも「価値がふくれあがる」可能性さえあれば、割高の物件を購入する理由はあるのだ。物件の価値が、万が一にでも膨れあがりさえすれば、その報酬は巨大だ。膨れあがらなかったら、負債だけ出資者に返せばいいのだ。「残念ながらダメでした」と一言添えるのを忘れずに。

「バブル」という経済用語は「資産価値のファンダメンタル価値からの乖離」を意味するそうだ。資産価値が、ファンダメンタル価値と比べて、大きく膨らんでも、小さく縮んでも、ファンドマネージャーにとっては「人ごと」で、出資者本人にとっては「自分のこと」。大きく膨らめば、両者に利益がある。小さくなった場合は後者のみが損害をこうむる。

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映画ファンドの仕組みと、一般ファンドのメカニズムとを比べてみよう。
言い換えれば、映画プロデューサーと、ファンドマネージャーの立場を比べてみることになるか。

出資者から資金を集め、それを「映画製作とその興行」につぎ込む。興行成績も良く、DVDの売り上げや、海外への販売が順調であれば、集められた資金は「膨らんだ利益」として、出資者のもとへ還元される。ここまでは、通常のファンドと同じ。映画プロデューサーも、出資者にも利益がもたらされる。そして、この成功パターンの場合、その利益は「次回作」への資金として、再度、映画へとつぎこまれることになるであろう。

次にもし「映画の製作とその興行」が、失敗に終わったらどうなるのか考えてみる。映画が駄作であった場合、あるいは映画自体は名作でも、広告宣伝など何かの問題で、興業収益が上がらなかったとする。この場合は、集められた資金は、残念ながらどこかへ消えてしまう結果になる。そして映画プロデューサーの身の上に、大変なことがおこる。詳しくは知らないのだが「出資者」への返済に追われる。次回作への道が絶たれる。信用されなくなる。これはつらい事態だ。

それに比べて「ファンド会社からの解雇」で済まされるファンドマネージャーは、楽なものといえるかもしれない。現にいまも、巨額負債を生み出して倒産した証券会社のトレーダーたちは、その才能を買われて次の証券会社に活躍の場を見いだしつつあるらしい。ファンドマネージャーたちも同じだろう。ひとつのファンドが失敗しても、次のファンドがある。


2009年9月19日土曜日

グーグル頭脳流出

グーグルを今月4日に退社した、大物技術者、李開復(カイフー・リー)氏は、第二のジョブスになるのか?

李氏は、もともとマイクロソフト社の副社長だったのを、グーグルが2005年に無理矢理引き抜いたという経緯もある。こうして4年で退社となった流れを考えれば、グーグル内部に何か問題があるのではないかとも勘ぐりたくなる。各紙紙面の内容も、グーグルにおける企業内統治に欠陥ありとの論調のものが多い。

李氏以外にも、グーグルではこの1〜2年の間、人材流出が止まらない。以前も引用したが、本社・広報幹部のティム・アームストロング氏は、AOLへと引き抜かれた。世界最大のSNS「フェースブック」は、幹部から末端まで、グーグル出身者がたくさんいる。ツィッターの創業者も同様にグーグルからの人材が流入しているようだ。

きわめて短期間に急成長を遂げてきたグーグルは、他のIT巨大企業の例と同じように、早くも衰退への道を転がり始めたのだろうか?こうした人材の連鎖反応的な流出は、マイクロソフト社でも見られた現象であり、同社におけるその後の開発力の低下や、企業ビジョンの不明瞭化の原因になったことは否めない。まるで、その領土拡大を際限なく続けるローマ帝国のように、グーグルはYouTubeを買収し、Bloggerを買い取り、さまざまなIT物件を買収しては、企業規模の拡大を重ねてきた。

領主の欲望のままに拡大された領土は、果てしなく続く国境線という防衛ラインで囲まれる。領土の守備は、防衛ラインが伸びれば伸びるほど難しくなる。無敵のローマ騎馬兵軍団をひきいての、適地略奪は簡単だ。しかし、手にした領土の守備は、いつかは金銭と食料の空費をまねく。グーグルもいつしか、領土の略奪者から、防衛に心を悩ませる巨大な領主へと変貌してしまったのかもしれない。

9/14・日経朝刊の記事では、グーグル人材流出の原因を、巨大化した企業の「成長の鈍化」と指摘する。企業の新規上場における上場益こそが、ストック・オプションを莫大な富に蛙チャンスであって、その後「もう急上昇はしない」株を保有し続ける理由は薄れる。彼らグーグルを支えた人材たちは「安定成長の中のグーグルによる世界革命」に参加することよりも、「次の新興企業でのギャンブルと爆発的な上場益」を得ることのほうが魅力的である。

情報源の定かでない記事で、5日、香港紙サウスチャイナ・モーニング・ポスト(オンライン版)は、9月5日李開復氏は、8億元(約109億円)規模のプライベートエクイティ(PE、未公開株)ベンチャー企業を立ち上げる可能性があると報じた。

日経朝刊(9/14)「ニュースに見る一週間」

グーグルのスローガン

以前日経新聞で、「大転換」というなかなか素晴らしいシリーズが連載された。2009年6月だったと思う。その第3部「揺らぐCEO神話」の中で、古いタイプの企業統治者がによる失敗事例がいくつか挙げられていた。

カリスマによる企業統治というスタイルは、現代社会においてはもう機能しない。2000年ビル・ゲイツ氏MS退任、2001年ジャック・ウェルチ会長GE退任、2002年ルイス・ガースナー氏IBM退任。ジェフリー・イメルト会長などの、有能な実務家タイプの社長が現実と向き合う経営を行い、GEは堅実さを増したが、カリスマ経営を続けたAIGやリーマン・ブラザーズは崩れ去った。重圧に苦しむハワード・ストリンガー ソニー会長兼CEOは、ついに「ソニーに社長は必要か?」と発言。

現代における巨大企業の経営者は「みな一様に病んでいるのでは?」というような内容だ。しかしその後、このシリーズ記事は、グーグルだけは別格扱いをする。以下のような美しい文章が印象的だった。この記事は、切り抜いて手元にある。それくらい感動的な内容だ。
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Google社員のモチベーションを支えているのは,天才創業者と世界規模の「情報の革新」プロジェクトに参加する権利だ。ストックオプション(株式購入券)や報酬ではない。
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ラリー・ペイジ氏やセルゲイ・ブリン氏のような経営者は天才技術者であると同時に、ITの伝道師でもある。こうした創業者に率いられたグーグルは、つまり「利益などは目じゃ」なくて「革新的プロジェクトの誇り」がすべてという、現世においては奇特な求道者。慈善団体のように無欲な天才集団がグーグルなのである。彼らウルトラ情報革命の先導者による、組織ガバナンスは、以下のような悩みとは無縁。企業統治に苦しむ以下のような経営者の悩みは皆「過去の遺物」のような統治理念に起因する。

しかし、本当にそんなうまい話はあるものか?ハワード・ストリンガー氏がうまくいっていない人で、セルゲイ・ブリン氏や、森田昭夫氏はうまくいった人と簡単に分類するのも、どうかなーと、思いませんか?経営というのは、うまくいくときはうまくいって、うまくいかないときはうまくいかない、というだけじゃないのかな。

そして、この1年間続いている、グーグルの人材流出現象。グーグルもやはり普通の会社、グーグル社員もやはり普通の会社員だったのか。すべての組織は劣化する。どんな素晴らしい会社にも、経営ビジョンの劣化、統治機能の衰弱、利益拡大率の鈍化といっった問題が訪れる。それは、あのソニーの現状を見れば明らかだろう。ソニーもやはり普通の会社か。

「ストック・オプションよりも情報革命による世界的貢献に身を捧げよう」という勇ましいスローガンは期限付きだったということ。ストック・オプションや報酬など眼中になかったはずの社員たちも、やはりストック・オプションや報酬が重要であるとことに気づく。こうした「普通の社員」を擁するグーグルに、次なる人心掌握の秘策はあるのだろうか?


2009年9月17日木曜日

JDC信託

金融庁は9月15日に、JDC(ジャパン・デジタル・コンテンツ)信託の信託免許を同日付で取り消したと発表した。法令上必要な純資産額(1億円)を下回ったうえ、顧客財産を適切に管理する内部管理体制の構築が難しいと判断した。(9/16日経朝刊より)

金融庁は15日、知的財産権信託会社「JDC信託」の信託免許を取り消す方針を固めた。同社は、04年の信託業務法改正で一般事業会社として初めて信託業務免許を取得。「シネマ信託方式」で、映画「フラガール」の製作資金を支援した。だがその後ヒット作に恵まれず経営が悪化。(9/15毎日夕刊より)

この「JDC信託」の設立の経緯については、岩崎明彦著「『フラガール』を支えた映画ファンドのスゴい仕組み」に詳しい。岩崎氏のこの著作によれば「フラガール」より前には通常の独立系制作会社として映画製作をおこなっていた、シネ・カノンが、この映画からファンド方式に切り替えたのは、岩崎氏による粘り強い説得の成果。シネ・カノン代表の李鳳宇(リ・ボンウ)氏は、当初はこの方式には疑問を持っていたというが、より資金集めも容易で、制作者にとっても投資家にとってもリスクの少ないというファンド方式について、熟考の上で、採用に踏み切ったようだ。

映画「フラガール」は、2006年日本アカデミー賞において、作品賞、最優秀脚本賞、最優秀監督賞、最優秀助演女優賞などを総ナメにした。独立系映画としては異例のことであった。日本中を感動の渦に巻き込み、あちらこちらで「フラガール」現象をひきおこした。舞台となった福島県への経済効果もだいぶあるのではないだろうか。私自身、作品の内容が素晴らしいだけでなく、映画製作の過程そのものが感動的な、この映画が大好きだ。

この映画の製作過程については、李鳳宇(リ・ボンウ)氏が、著作「パッチギ!的 - 世界は映画で変えられる -」に詳しく書いている。福島県の炭坑町における「ハワイアンセンター」(現スパ・リゾート・ハワイアン)を舞台にした人間物語。それは、本作におけるアシスタント・プロデューサー石原仁美氏が、地道に現地を歩き回って、掘り起こしていった歴史的真実の集大成である。それを感動的なヒューマンドラマに編み上げた、李相日(リ・サンイル)監督の執念の演出。そして渾身の演技で応えた俳優陣。この奇跡のような映画は、私にとっては、映画製作の見本のようなものであり、大学の授業でも、映画の内容面、製作面の両方で、必ず取り上げさせていただく題材である。

この李鳳宇氏の著作には「フラガール」に至るまでに手がけた沢山の作品(製作あるいは配給)にかかわる、苦労話が沢山おさめられている。映画の内容の素晴らしさに負けずおとらず、その製作過程におけるエピソードのひとつひとつが、考えさせられる教訓に満ちている。映画製作というものは、企画から資金調達、そして作品完成と興行成績結果という、まさに山あり谷ありの闘いの連続ということがよく分かる。特に、投資者からあずかった資金を、映画という芸術的映像作品につぎ込んで、それを「収益」という果実に結びつけるまでの苦労が並大抵のことではないことが良く分かる。

今回の「JDC信託」免許取り消しの問題については、その詳しい経緯について私は何も知らないのだが、名作「フラガール」への資金提供を実現したファンドの衰弱のニュースは寂しい限りだ。


2009年9月13日日曜日

許されざる者

クリント・イーストウッド監督が「最後の西部劇」として撮った、渾身の一作と言われる「許されざる者」。19世紀末のワイオミングを舞台にした、この作品の映像は、たしかに美しく、荒野に広がる光は伸びやかで、世界は印象派の水彩画のようだ。しかし、登場人物がみな、どこかうつろで陰鬱な雰囲気をたたえたこの映画は、単純な西部劇ではない。「殺し合い」が見せ場のはずの西部劇で「殺し」が哲学的問題となっていて、見る者に考えることを強要する。しかし、だからといって、この映画が面白くないわけではない。少なくともエンド・クレジットの10分前までは。

許されざる者」( UNFORGIVEN )というタイトルが示すように、この映画のテーマは「憤怒による復習、そして当然の報いとしての死」だ。理由は何であれ、他人を傷つけたり殺したりしてしまった者は、決して「許されることは無い」というのが、この映画の世界における究極のルールだ。このメッセージは明快だ。この映画でも、悪いことをした連中は、ちゃんとストーリーの中で、みなしっかりと罰を受けることになる。

リチャード・ハリス演じる、イギリス人賞金稼ぎのイングリッシュ・ボブ(リチャード・ハリスの存在感は圧倒的)は、とりあえずの罪としては、イギリス女王とアメリカ大統領を比較して大統領をコケにするだけというものだが、おそらくはこれまで散々と殺人を犯したであろうことから、登場からたった数分後には滅茶苦茶な目に遭わされることになる。

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2009年9月8日火曜日

見つめる

「蛇ににらまれた蛙」というが、誰もが、ふと気「誰かに見られている」と感じた経験があるはずだ。程度の差はあれ「他人の視線が気になる」という感覚は、むしろ人間にとって日常的な感覚としてあると思う。人間だけではなく、この世界を動き回って活動「動物」すべてが、この「誰かに見られている」という感覚に動かされて行動しているという。

サイモン・イングス氏は、近著「見る」の中で、こう指摘している。以下のような、わたしたちの言葉のさりげない表現が、眼の社会的重要性を物語っていると。

「彼の視線でわたしは溶けた」
「彼らの視線はナイフのように私の胸に突き刺さった」
「彼女は例の目つきでわたしを見た」

「見る」(P.231)

集団生活を送る動物は、それが鳥であれネズミであれ、何らかの形で「序列」を決めている。それはたいがいは、日常的な力比べ(食べ物の取り合い、寝心地の良い寝床の争い、配偶者の奪い合いなど)という形で現れる。人間社会も、典型的な集団社会であり、そこでの生活は「序列」による秩序が重要なキーとなる。集団の構成メンバーは、誰もが誰に対しても正しくふるまわらなければならない。そして、人間など霊長類の場合、そのコミュニケーションにおいてきわめて重要な役割を果たすのが「眼」である。かくして、人間はきわめて正確かつ敏速に「眼」の表情を読み取ることができるようになった。

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イングス氏は、1879年にカナダの無神論者グラント・アレンが生態学につて書いた以下の文章を引用している。視覚の出現が、自然界の多様性の引き金になったということを、非常に良く説明しているから。

昆虫が花を生み出す。花が昆虫の色彩感覚を生み出す。
色彩感覚が色に対する好みを生み出す。
色に対する好みが、コガネムシや輝くチョウを生み出す。

小鳥と哺乳類が果実を生み出す。
果実が小鳥や哺乳類の色の好みを生み出す。
色に対する好みがハチドリやオウムやサルの体色を生み出す。

果実食の人間の祖先にも同じ好みが生まれる。
その好みが結果として、さまざまな色彩アートを生み出す。

「見る」(P.163)
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進化論にもとづいて考えれば、私たち人間や動物の行っていることは、すべて「種」の生存競争、生き残りの闘いである。グラント・アレン流に言えば、色彩によるアートを生み出す人間は、アーティスト(芸術家)というよりもウォーリアー(戦闘家)あるいはハンター(狩猟家)と言うべきなのだろうか。

人は「選ばれる」ために自分を磨くき、自分に投資する。年頃の娘さんは化粧をしドレスアップする。就職活動中の学生はスーツに身を固める。花たちも虫に「選ばれる」ために色彩の饗宴を繰り広げる。「選ばれる」ということとは「生き残り」「勝ち抜く」ということなのだ。そう考えると、世の中はとたんに殺伐とした世界のように思えてくる。


花が見ている

なるほど。人が寄りつかなくなった公園や空き地は、いつか、ゴミが散乱する不法投棄の場となり、不審者が潜む危険地帯となり、それによって近隣には空き巣や傷害事件などの犯罪が頻発する。かつて、そのような危険地域となってしまった、宮崎県祇園4丁目の住宅街からのレポートだ。
日経新聞 9/7夕刊

2004年から、この地域に引っ越してきたOさんは、散乱するゴミを見かねて、雑草を刈り始めた。さらに「花を咲かせれば、ゴミも消え、不審者も寄りつかなくなるのでは」とと考えて、所有者の市から許可を取り、公園作りを始めたという。子どもたちが「怖いから通らない」といっていた敷地は、小学生の待ち合わせの場所となったという。花を育てることで、多くの人の「目を集めることができる」だけでなく、実際に近隣の住民が、花の手入れのために出る機会も増える。人の目があり、人の行き来があるということが、基本的な犯罪抑止につながるということだ。「花が見張っている」とは、これまで気づかなかった。監視カメラよりもよほど効果があるのかもしれない。
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ドロボウですら、こうして「花を見に来る人の視線」を気にするのだ。一般人にとってもやはり「他人の視線」は気になるもの。最近、大学での授業で学生はなかなか質問をしない。これは偏差値などにかかわらず、日本全国共通の現象のようだ。せっかく授業料をはらっているのだから、少しでも多く質問でもして「割り勘負けしないように」授業の時間を独占すればいいのに、などという考えはまるで無い。むしろ、他人の時間を邪魔しないように気をつかっているようにも思える。

実際に「質問して聴きたいことが無い」ということではないようだ。それが証拠に「それでは質問も無いようなので、これで授業は終わります」と言うと、今度は教壇に寄ってきて質問をする学生が必ずいる。また、メールやメッセといった、非対面式のコミュニケーションでは、人が変わったようにドハデな会話をする。要するに「他人の前では」質問したくないだけなのだ。まわりの人間から「あんな質問するなんて」などと誹りを受けることをおそれているだけなのだろう。その気持ちも分からないでもないが、他人の視線を必要以上に意識しているのではないか。

これは、近年の若者の間だけでなく、一般的な風潮として存在する現象のようだ。「ある特定集団の中ではおとなしくしていたほうがよい」という考え方は「空気を読む」という流行語に凝縮されている。「ある特定の集団というのは」特に微妙な知人のことで、「やや知っている友人」や「知っているか知らないか知らないくらいの微妙な他人」のように、友人でも他人でも無い中間層が、もっとも気になる集団になるようだ。つまり「どうやら自分のことを知っているらしいが、こちらは向こうをあまり知らない」従って「向こうが何を考えているのか分からない」やつらという集団に対して、恐怖にも似た感情を持つのだという。

人前で話すときには、周りの人間を「畑のカボチャ」だと思えとはよく言ったものだ。「ひとのウワサも七十五日」「旅の恥はかきすて」など、人前での恥を気にしないようにするためのおまじないも沢山ある。だがしかし、これは人間がそもそも「他人の視線」を気にしないではいられない動物だということの証拠か。

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2009年9月7日月曜日

グラフェン

未来を開く材料「グラフェン」
炭素原子が六角形の「ハチの巣」のように広がった平面状の材料である。電子を流しやすく、大電流にも耐える。さらに高強度であるなどの特徴があり、今後様々な分野での電気製品への活用が見込まれる。日本も世界におくれまじと各企業での開発参加のかけ声が。

オバマ大統領、異例の議会演説
9日からの米議会冒頭で、オバマ大統領は異例とも言える議会演説を行う。今期の議会で最大のテーマとなる「医療保険改革法案」成立へのなみなみならぬ決意の表れ。

中小企業の広告はネットへ流れる
米調査会社「ケルジー・グループ」によれば、2009年8月の、アメリカにおける中小企業の、ネット広告利用が、既存メディアの利用を上回った。不況下での宣伝広告費の切り詰めの影響か?あるいは本格的なネット広告の時代到来か。

パナソニック王者に
調査「働きやすい会社2009」において、パナソニックが総合1位。2位は凸版印刷。調査項目は以下の4点。「社員の意欲を向上させる精度」「人材の採用、育成と評価」「働く側に配慮があるか」「子育てに配慮があるか」


2009年9月7日(月)日経新聞朝刊より

2009年9月6日日曜日

サビルロウ

世界不況にも踏ん張るロンドンの老舗

ロンドンの老舗テーラー街「サビルロウ(savile row)」は、高級洋装品というこの世界不況下では、苦戦が当然の業種にもかかわらず、売り上げを堅持する踏ん張りを見せる。この商店街にある「ギープス&ホークス Gieves & Hakes」などの著名店の店主たちが、世界各地での展示会などでの積極的な受注活動を展開。20世紀の世界恐慌でも負けなかった、伝統のテーラー街の意地を見せる。(ちなみに、この街の名前サビルロウは、日本語の「背広」の語源とのこと)


2009年9月6日(日)
日経新聞朝刊より


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