2011年8月24日水曜日

本物の花火大会


8月17日は、横浜の花火大会でした。

それで思い出しました。15年前、1997年の花火大会を。そのとき僕たちは、横浜大桟橋のビル屋上にいた。花火が大きくきれいに見えました。でもそれは、花火鑑賞会ではありませn。あるドラマの撮影だったのです。花火大会をバックにドラマの撮影というと優雅に聞こえますか? でも実際の撮影というものは、そんな悠長ものではなく、どちらかというと怒号の飛び交う修羅場に近かったと思います。

なぜ花火大会での撮影を決行したのか。そのドラマの主人公は、薬師丸ひろ子さん演じる女性気象予報士。(☆1) 花火大会が開催できるかどうかを「予報」するのが彼女の仕事。もし予報を間違えば、主催者に大損害を与える。迫り来る嵐の予感で中で彼女は決断をしなければならない。「花火決行か、中止か」

彼女は悩んだ末に「今夜は晴れる!花火大会は決行」と断言します。ぎりぎりまで開催が危ぶまれる花火大会。主催者のオヤジどもが、みなストレス顔でやきもきイライラしています。「おいっ!いったい、どうなんだ!ほんとに大丈夫なのか?」そして迫り来る、打ち上げ時刻。

2011年8月15日月曜日

文明の境界線


1974年、セブンイレブン1号店がオープン。1985年、エアコン普及率が50%を超えた。1995年には携帯電話の普及率が50%超え、2000年にはネット普及率も50%に達した。日本はどんどん便利な国になってます。

でもたしかにありましたね。コンビニもエアコンもない、携帯もネットもなにもない時代。僕の学生時代がそうでした。ついこの間のことです。別に誰も、不満はなかった。コンビニなんて知らなければ知らないで、それで別にかまわなかったんですよね。学生時代の一人暮らしはちょっと寂しかったけど。

これまで現代文明との接触を拒絶し続けて来た、南米の先住民族「ヤノマミ」。彼らはつい最近まで、原初以来変わらない、森の民としての生活を守り続けて来た。シャーマンである、シャボリ・バタは遠い世界に住む精霊と語り合う。人々は森との共生を続け、狩猟による生活の掟を厳しく守る。誰も富を蓄えることはせず、必要なだけの食物を集めてそれで満足する。なにも背伸びをせず自然と共生し、家族や仲間と暮らす、ありのままの生活。

2011年8月13日土曜日

大きすぎる靴


「あまりに大きすぎる靴に足を入れるな」とは、わたしの思いちがいでなければ、たしかアラビアのことわざであった。これはよくある失敗の生活の説明である。高い地位においてさえこれはありうる。それは、このことわざのような事態から不確かな歩き方が生じ、それに気づいたひとびとにたえず信用の欠如が増して行くからである。( カール・ヒルティ ☆1 「眠られぬ夜のために」 より )