2011年7月24日日曜日

オフになりました

ほんとうにオフになってしまった〜。

僕の今日の予定も「オフ」だったのですが、そのことではありません。テレビのアナログ放送が、永遠にオフになってしまったのです。終了したのです。1953年2月1日に、NHKによるはじめての放送実験が行われてから58年間。一度も止まらなかったテレビが、ついに止まりました。(東北三県は延期)

この目でしっかり見ました。今日の正午。フジテレビの27時間放送の真っ最中です。「笑っていいとも」の放送前リハーサル中という設定? 出演者が全員ハケて、ナイナイ岡本さんが残ります。そして最後のカウントダウン。「ゼロ!」のところで、オープニングテーマがスタート。しかしこれが、アナログ放送では、突然すべてが止まる。 そしてテロップ静止画面にアナウンス。「ご覧のアナログ放送は終了いたしました」

ぜーんぶ、ブルーの静止画になっちゃった。ぜーんぶです。民法連とNHKとで「ブルーの画面にする」ということだけは、決めてたんだろうね。でもなんだか各チャンネルを見ると、内容やレイアウトがバラバラ。ちょっと残念。24時までは各チャンネルの放送なので、まだ個性を競ってる。でも、統一メッセージでも良かったのではないかしら。

それで24時にはどうなるのか。各局一斉に「砂嵐」となります。(電波の返上)日本テレビは、その直前の23:58から、なつかしの「ハトがはばたくロゴ(通称:鳩の休日 / ヤキトリ)」を流すのだそうです!さきほど、日テレのお友達が、FBで教えてくださいました。楽しみだ。

2011年7月16日土曜日

幸せの法則

「幸せになる○○の法則」とか、「幸せの方程式」とかって、よく人生の教科書みたいな本に書いてありますよね。

「んん?しあわせっ」って読んでみたくなるもんです。でも、だいたいが「人に優しくしましょう」とか「部屋を掃除しましょう」とか、「お金をだいじにしましょう」とかって、考えてみれば当たり前の話ばっかだったりする。それができれば、とっくに幸せになってる。まずは「部屋を掃除するようになる法則」を教えてくれ。

いままでも何度か書かせていただいた、吉田兼好先生の日本最古のブログ「徒然草」。この本には「幸せなひとたち」がたくさん登場します。この人たちが、どのような人たちだったかを見ると、そこに、吉田兼好先生流の「幸せの法則」が見えてくるはずだ。例えばどんなひとたち?

2011年7月10日日曜日

58年エンドマーク

あ、テレビが映らない
今日は7月10日の日曜日です。二週間後、7月24日の日曜日には、テレビのアナログ放送が終了します。その日がどんな日になるのか、まだ分かりませんが、NHKにとっても民放各社にとっても特別な日になることはまちがいありませんね。

とにかく1953年2月1日にはじまった、アナログ放送が、58年の時を経て幕を閉じるんですから。58年のジ・エンド。フジテレビは、中居正弘とナインティナインによる、27時間番組をかまえて祝賀ムードを盛り上げると聞いてます。(☆1)

でも、だいじょうぶかな〜。この番組を見ている途中で、アナログ放送波が止まるわけですが、アナログ放送そのものを見ている人にとっては、途中ですべてが消えてしまうんですよね。残るのは吹き荒れる砂嵐。直前に大きくエンドマークの「終」を出してほしいな。主役を降り、ついに引退するアナログ放送への思いを込めて。

2011年7月5日火曜日

砂嵐の日まで19日

先週あたりから、ついにアナログテレビの画面内に(☆1)「このテレビはまもなく映らなくなります」というメッセージがはいるようになった。画面の左下に、結構おっきく出るので、もともとの画面にスーパーがはいってるときは、すごく見づらい。

DPA(☆2)にいるの友人の話では、これはもともとの計画どおりのことで、アナログ放送終了にむけて、どんどんエスカレートしていくように決まっていたということなのだ。

でも、これは東日本大震災の前に決めていたことでしょう。日本全体が、なかなか進まない復興に苦しんでいているこの時にこれかねー。被災地や全国各地(☆3)で、アナログテレビしか持っていなく人もまだ多いなかで「このテレビは映らなくなります」って、ちょっと、メッセージの出し方がきつすぎませんでしょうか。

2011年7月3日日曜日

クレイジーな時間

私のiPhone4が「クレイジーな時間」を表示しています。いま、9時25分なのですが、文字盤はこんな感じ。なんか変ですけど、これが良いんですよ。フランク・ミュラーのトータリー・クレイジーの文字盤なのですから。時針がとびとびに飛ぶんです。

もしこれが、トノウ・カーヴェックスの本物ならば435万円です。それが、iPhoneアプリでは無料。嬉しいなー。

「時間」というものは不思議。川の流れのように存在するようでありながら、それがどこを流れているのか分からない。「時間」というものが流れているところを見たものは、誰もいない。時計の文字盤を見れば、確かにそこには秒針が回っています。けれどもそれは、ただそこを回っているだけなのかもしれない。時計の針が「時の流れ」を計測しているという証拠は無いのです。

2011年7月2日土曜日

乗ずるに如かず

智慧ありといえども勢いに乗ずるに如かず

今、大学4年生や大学院2年生は、就職活動まっただ中だ。大変な逆風にみな苦労をしている。みなそれぞれに優秀な学生がなかなか「流れ」に乗りきれない。エントリーシートを書いては面接というサイクルが、だんだんルーティン化して、闘うエネルギーを枯渇させてしまう子も少なくない。

リーマンショックから立ち直らない日本経済を大震災が襲った。経済産業界すべてに不安要素が満ちている状況で、さらに年金制度の行き先不透明なことが、労働者の平均年齢を押し上げる。つまり会社の上のほうが目詰まりしているのだ。

本来ならば、企業は設備投資や新人の採用で将来に備えたいところ。しかし現状の雇用を維持することで手一杯。就職活動をする若者に、明るいきざしが見えないのは当然だろう。なにか、こうした雇用の流れに変化が起きないものだろうか。