2010年9月29日水曜日

三人ではケンカに

三角形は安定している?


三人で旅行に行くと、途中で、ちよっとしたことで揉めたりしませんか?
つぎの目的地をめぐって、ひとりだけなんだか浮いてしまったり。あるいは、二人がひそひそと、残りのひとりの悪口を言い始めたり。ただでさへ、グループ旅行というものは、もめごとが起きやすいのだけれども、三人というグループは特に揉めやすいのではないだろうか。

古来より伝わる易経の「卦」に、「山沢損」というものがあって、その卦が表すところに、この三人という状態の持つ問題があります。

「三人行かば則ち一人を損す」

易経の根本原理にある「陰陽説」によれば、この世のものは、すべて陰と陽のふたつの要素が、引き合ったり、離れたりしているもの。常に二つの要素による「ペア」が基本となっている。したがって、三という数は、必然として不安定なものとなる。「三人で仲よし」という状態は、一時的には成立し得る。しかしいつしか、どちらかのペアがより親密になりすぎたりすると、残ったひとりが嫉妬したりする。いつか必ずや不穏な状態を引き起こすものなのだ。

この夏ついに中国は、世界大二位の経済大国となった。逆に日本は第三位に転落。世界のメディアは「ジャパン・アズ・ナンバー・スリー」と、派手に書きたてました。これまで日本は、アメリカとのペアという「ふたりだけ」の安定した関係を築いて来た。日米の安全保障は、他の干渉を受けることなく続いで来たのだ。

そこへ、中国という三人目の友人が割って入って来た。中国は、日本を激しく執拗に牽制しつつ、アメリカとの軍事強調を進めようとしている。日本は、この新しい状況下で、三人という難しい関係を、どのように築いていっていいのやら、右往左往するばかり。このままの優柔不断な対応をつづけていたら、仲間はずれとなる一人は、日本ということになりかねない。

さて、山沢損の卦の教えは、さらに以下のように続く。

「一人で行かば則ち其の友を得る」

ひとりの人間が、何か一生懸命やっていれば、それはかならず誰か援助者を得ることになる。「三は一を欠く」のと逆の原理で、ひとつのものは、必ずペアとなる仲間を呼び寄せることになるのだ。だから易経では、重要な話しや相談ごとは、二人だけでじっくりするのが良い、と教えている。

日本は、アメリカと中国と、どちらともじっくりと話しをしして欲しい。
どちらも友好的「ペア」という関係を、築いていくべきではないだろうか。


無為にすごせ

朝ドラ「ゲゲゲの女房」が終わってしまった。最終回は、視聴率も 23%を超えて、国民的朝ドラとしての有終の美を飾ったそうだ。ところでそのドラマで、水木プロの事務所のセットに貼ってあった、この貼り紙が気になりました。

「無為に過ごせ」

その貼り紙には、こう書いてあった。妖怪「いそがし」にとりつかれるほ ど多忙を極め、それこそ仕事と心中するほど全身全霊を傾けた水木先生。 その先生の真意はどこにあるのか考えた。確か、水木先生の著書にもあった言葉だ。

「無為に過ごせ」と言われれば、凡人の私なぞはさっそく無限おさぼりループに突入するだろう。大リーグ中継→お笑いDVD→昼寝。早風呂→ビール→ポテチつまんで新聞をぱらぱら。ぼんやりしているうち に眠くなって結局は早寝。まあ、そんなものでしょう。

凡夫が、文字どおりに無為に過ごすというのは、かくのごとく無駄で、非生産的なものだ。水木先生は、一体どのような「無為の時間」を過ごせと いうのか。

そういえば、壁の貼り紙には、もうひとつこういうのもあった。

「人間、努力をしてもうまくいかない時は、時機の到来を待つしかない」(ちょっと違ってるかも、確かゲーテの言葉らしい...)

時機が熟してもいないのに、人間がどんなに頑張ったって、それは駄目だよ〜。ジタバタしたって無理は無理。

うーん。深い。
これら二つの「貼り紙」に込められた、水木先生のメッセージとは何か?

人間、じたばたせずに、落ち着いてじっくりやりなさい。無理矢理に、目標を超えようとあせっても無駄。役に立つとか、利益がどうとか、いって ないで、悠然とやりなさい。無為に過ごしているようでも、本筋さえやっていれば、道はいつか自然に開けるから。

今日のところは、こういう解釈で、考えておこうっと。
水木先生、有り難うございます。無為に過ごしながら、時期を待ちます!(頑張ります)


2010年9月28日火曜日

こき使われなさい


「若い人は、だまってこき使われればいいんです」

先週、惜しまれながら放送終了となったNHK・朝ドラ「ゲゲゲの女房」。その記念番組にでていた、水木しげるさんが、ぼそっと言った言葉だ。水木先生はときどき、インタビュアーの質問を勘違いしたふりをして、話の流れと関係ないことを言う。しかしこれが、意外に大事な事である事が多い。

なかなか核心事を聞いてこないインタビュアーの、プライドを傷つけないようにしながら、なんとか重要なことを差し挟む、水木先生の高等テクだ。呆けたふりをしながら、説教臭くなく、ぼそっと何か大切な事を言う。

「まずは黙って上司の言うことを聞いて働きなさい」

民間人初の中国大使・丹羽宇一郎さんも、アニメ監督の今敏さんも、同様なことをおっしゃっていた。まずは、黙って働け。そのうち分かる。山田洋次監督も、映画の世界の新人についてこう述べている。助監督は、まずスタッフや役者に弁当を配れ。役者の弁当の好みを覚えるのも大事な仕事だ。撮影助手は、ま ず撮影監督にコーヒーをいれろ。ごたごた言っている間に仕事しろ。理屈やテクニックは、そのうちひとりでに覚えるから。

体力のある若い時に、余計なことを言わずに経験をつみ、先輩の仕事を覚えなさい。ぶつぶつ文句を言う前に、とりあえずやって見なさい。その仕事の意味は、やっているうちにわかるんだから。本当にそうなんだよなぁ。黙ってやってほしいんだよね。

でもいまの職場では、新人に対してなかなかそんな口はきけないんですよ。
言っちゃったら最後、彼らはすぐにやめちゃうかもしれないんだから。

新人「理由もなくこき使われるのは、いやなんです。やりがいがあって自分が納得いく仕事がしたいので」

上司「そうですか。ではどうぞよそに行ってくださいね。ムカっ

しかし、ちょっと待てよ。

水木先生は、こんな草食新人相手のくだらない会話を想定して、くだんの発言をしたのだろうか?あるいは、もっと他の大事の事について、何かおっしゃりたかったのではないだろうかしら。いや、そうに違いない。ここで、これまでの話しの「仕事」という主語を「作品」と置き換えて考えてみることを思いついた。

そうすると、水木先生が本当に言いたかったのは、こういうことになる。

作品を作るときは、作品にこき使われなさい。
これから作家を目指す若い人は、はじめから妥協をゆるさず、頑張りなさい。

傑作であるべき作品とは、あなたに対して、妥協を許さないものだから。作品とは、あなたのものであって、あなたのものではないのだ。傑作とは人類すべてのものだ。人類の財産となる作品に対して、あなたはそのしもべとなって働かなければならないのだ。全身全霊を傾けて作品をつくりなさい。黙って働きなさい。

「ゲゲゲの女房」でも描かれた水木先生の姿。作品に立ち向かう、水木先生の真剣の姿を思い浮かべてみると、その背中から、改めてこの声が聞こえて来るような気がする。うん、それに違いない。

よし、僕も黙って働かなくちゃ。

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2010年9月1日水曜日

偶然の配材

たった8年間で、ザ・ビートルズが生み出した傑作の数々。ポップミュージックの奇跡だ。ジェフ・エメリックの書いた「ザ・ビートルズ・サウンド」を読んで今思う。この奇跡は、まさに「人智を超えた」ところから生まれたのだと。すべてはまさに「天の配材」だった。

ジョン、ポール、ジョージ、リンゴの4人がメンバーとして出会ったということも「天の配材」なのだけれども、彼らがEMIと契約した時に、その担当プロデューサーがジョージ・マーティンであり、録音エンジニアがノーマン・スミス。そしてジェフ・エメリックが見習いとして控えていたというのも、大変な「天の配材」だったと言えよう。

特に、ジョージ・マーティンの担当していたレーベルは、別にトップ・アイドルを発掘するレーベルでは無かったというところが面白い。彼の担当レーベルは「パーロフォン」といって、ピーター・セラーズなどのコメディレコードを手がけるものだったのだ。つまり、EMIでは、ザ・ビートルズは、特に売れることも期待されておらず、とりあえず手を挙げたジョージ・マーティンにまわされたってことだ。

しかしこの配材こそが、その後の怒濤の進撃の、まさにスタート地点となる。ザ・ビートルズが持っていたエネルギー溢れる音楽に、ジョージ・マーティンの豊かな音楽的知見や、ウィット溢れるアイデアが加わることで、世界最高のヒット曲が生まれ続けたことは、周知の事実だ。

ジョージ・マーティンは1955年、彼が29歳の時にパーロフォン・レーベルの責任者となった。ここでの6年の経験を経た円熟期の36歳となって、彼はリヴァプールからやってきた4人に出会う。誰が計画したことでも無く、当時は誰も気づかなかったことなのだが、4人とジョージ・マーティンの出会いは、まさに完璧なタイミングと場所で行われたのだ。ジョージ・マーティンは、確かにコメディに続いて、ポップミュージックを手がけたいとは思っていたのだが、まさかそこに「ザ・ビートルズ」が転がり込むとは...

ジョージ・マーティンは、ふり返ってこう語る。「もしあの時に私が、このグループには可能性が無いと却下していたらどうなったか。おそらく彼らは、まったく世に出ることの無いままに終わったことだろう」と。神様はこのようにして、私たちのまったく気づかないところで、静かに「奇跡的な配置」を用意してくれている。そしてその配置は、突然に嵐のようなエネルギーを生み出しはじめる。

ザ・ビートルズの作品群、それらはまるで、はじめから完璧に計画されたように仕上がっている。今となっては、すべての楽曲が、神聖なるマスターピースとして、誰も手を触れることのできない決定盤を形成している。

しかし、ジョージ・マーティンや、ジェフ・エメリックの著書を読めば、これら傑作の違った側面が見えてくる。これらの「完全なるもの」も、制作当時の出来事を通してみれば、さまざまな偶然の中から生まれたのだということが分かる。しかもそれらは、すべてがハッピーで順調な出来事ばかりでなく、不愉快なぶつかり合いや軋轢、不幸なアクシデントなどもふくめての「偶然なる配材」なのだ。当のビートルズですら、その時に行われているセッションの最終形がどうなるのかは、良くわかっていなかった!

こうした、アクシデントや単なる偶然から生まれたものは、その価値を否定したり無視してしまったりすれば、それでゴミ箱行き。しかし、これらの天の恵みを受け入れて、オープンな心で価値を認めることによって「単なる偶然」は「小さな奇跡」となる。まずは、それを受け入れることが重要なのだ。ザ・ビートルズという「巨大な奇跡」は、こうした「小さな奇跡」の発見。ザ・ビートルズとは、そうした奇跡の連続体だったのかなあ。今、そう思う。

不朽の名作「サージェント・ペッパー」の録音制作に関するエピソードには「偶然の配材」による傑作パートがいくつも存在する。短期で時には意地悪く、いろいろなアイデアを出し散らかすジョン。音楽の求道者のようなポール。クールで皮肉屋、ジョージ。時にとんでもない「言い間違い」や「思いつき」を生み出すリンゴ。彼らとともに、プロでユーサーのジョージ・マーティンと、エンジニアのジェフ・エメリックらは、彼らのドタバタの数々と、エネルギーのぶつかり合いを、名作アルバムへと昇華させていく。

あなたは「グッドモーニング」ニワトリの声とジョージのギターが、どうしてあんなに完璧にマッチしているのか知っていますか。「ア・デイ・イン・ザ・ライフ」の昼間部に出てくるポールの曲に、あまりにぴったりの「目覚まし時計音」が出てくるのは何故なのかご存じでしたか。リンゴが歌う「ア・リトル・ヘルプ・フロム・マイ・フレンズ」が、2曲目に来た理由は。どれも、私自身が「ずーっと信じていた理由」とは、まるで違うものでした。すばらしい本を、それぞれ書き残してくれた、ジョージ・マーティンとジェフ・エメリックに感謝。

Photo by wikimedia : The Beatles as they arrive in New York City in 1964 / Date= February 7, 1964 /Author= United Press International