2016年4月25日月曜日

マネー・ボール

私を野球に連れてって

映画「マネー・ボール」は実話に基づいている。実話に基づいているどころか、主人公のビリー・ビーンはいま現在もなお、オークランド・アスレチックス現役であり、映画に描かれたままに仕事を続けている。(☆1)アメリカ大リーグで、運営費がもっとも少ないチームでありながら、地区優勝の常連にまで上昇させた稀代のGMだ。

ベースボール。そこは素人にはわからない魔物が潜む。前途ある若者を誘い込み破滅させる迷宮ワールドである。誰もが確かなことはわからないまま人生をかけた戦いが繰り広げられているのだった。経験と勘がものを言う、男のスポーツ野球界とはそういうものだった。

そこに、オークランド・アスレチックスは、経営学的データ野球を持ち込んだ。野球の勝利の方程式。全選手の詳細データを分析し、徹底した野球経済学を貫くことで球団を地区優勝へと導いた。弱小で最小予算チームだったからこそ成し遂げられたとも言える。この映画以来、野球界だけでなく市場取引やビジネスの世界でも「これまでの経験と勘」などというものは意外に役に立たない、ということが証明されつつあるらしい。

主演のブラピが惚れ込んだというだけある実に痛快なストーリーだった。人はなんのために人生を生きるのか、人生にとってお金とは何なのか。根源的な問いを見るものに投げかけてくる映画でもある。そして、真実の物語は、時にフィクションよりも何倍も不思議で美しい。


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☆1:ビリー・ビーンは、現在は再び成績低迷するオークランド・アスレチックス上級副社長



2016年4月18日月曜日

非認知スキル

ドーナツでも食べて 楽観的に...

3月22日ニューズウィーク日本語版は「教育特集」だった。「世界の教育 学力の育て方」というタイトルで、さまざまな教育理論や取り組みが紹介されていた。世界中どこの国の親も、子供の教育にはとても熱心なのがわかる。

「宿題の時間と成績の関係」や「フィンランドの小中学校プログラミング教育」といった記事にまじって「将来を左右する非認知スキル」という特集が謎で面白かった。非認知スキルというのは、学力試験やIQテストなど数値化できる「認知スキル」と異なる「認知できない一連のスキル」のことらしい。

具体的には、どんな能力?

何かを最後までやり抜く力、好奇心、誠実さ、楽観主義、自分をコントロールする自制心など。これらの能力が高かった人ほど、大人になったときにさまざまな成功を経験する可能性が高いことがわかったのだそうだ。つまりは、ストレスへの対処能力が高く、社会に順応できる大人になるのだ。(☆1)

これまで数年間の教員の仕事で、たくさんの学生さんたちを見てきた僕としては、この話は実にうなずける。まったくそのとおりだ。しかし「認知できない」能力をどうやって「認知」したらいいのだ?


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☆1:成功する子 失敗する子――何が「その後の人生」を決めるのか

2016年4月16日土曜日

ぼんやりとした心

古い洋館の窓 どんな景色が見えるのだろう

今月はじめにNHKの「ブラタモリ・熊本篇」を二本立て続けに見たばかり。阿蘇の草千里の景色を思い出しつつ、いつかまた訪ねてみたいなどと考えていたところ。まさかその熊本に直下型地震が発生して、毎日テレビで心配するようなことになるとは思わなかった。

驚いてぼんやりしたまま、ダニエル・キイスの「アルジャーノンに花束を」、そして東山彰良の「流」を続けて読んだ。本屋で何気なく手にした二冊なので特に並べてみる理由もない。だが考えてみれば、どちらも家族の絆の話であり、長い時の流れと複雑で難しい人間関係の物語だ。

知能が高く教養レベルが上がるほど、人は人間関係に失敗する。「アルジャーノンに花束を」の主人公チャーリイ・ゴードンは発達障害の青年だ。だから、人からどんなにいじめられても平気。そもそもいじめに気付いてもいない。恨みもなければ、怒りもない。ただ時々寂しく悲しい気持ちに沈むだけ。

「流」の主人公、葉秋生は、最愛の家族が巻き込まれた報復殺人の謎を追う。戦時下の内戦。密告と粛清。明晰な頭脳に焼き付けられた復讐心は、時が経つほどに冴えわたっていく。罪が許されることは決してなく、どんなに時間が経っても怨念は消えなかった。

明晰な知能と高い教養は闘争社会を生み出す。
ぼんやりとした心なら他人を許容し協調する。
どちらがいいのだろう。


2016年4月3日日曜日

水の国



大好きな「ブラタモリ」の最新作「水の国・熊本編」を見た。相変わらず地形マニアのタモリさんと、地元熊本の地質専門家とのやりとりがたまらない。旅番組なのに、ちょっと知的。最近はこういうのは、テレビで見かけなくなったかも。

阿蘇山をいだく「火の国」熊本は、なんと日本随一の「水の国」でもあったのね。阿蘇山から古代に噴出した火砕流が何層にも重なっていて、豊かな地下水をたくわえる地層を形成しているのだそうだ。自分から吹き出す「自噴井戸」も100本以上あり、清浄で豊な水が市民の飲料水となっている。

一昨年、大学の仕事で中東へ出張した際に「人工的に水を作らなければならない」ことの大変さをあちこちで目にした。日本は、どこにでも水を得ることができる。日本に住んでいると、当たり前に感じてしまう。しかし、これがどれだけ有難いことか。


2016年4月2日土曜日

放り込んじまえ


抹茶をすすり なるほどなるほど

何かと無反応で礼儀作法も知らない若者たちに業を煮やし、短気な人が「若者はみんな〇〇へ放り込んじまえ(どこそこで修行させろという意味ですね)」とか叫んだりしたことがあった。それはそれでとてもヒンシュクものだったけど、私としてはその気持ちもワカらないでもない。

立川談春師匠のエッセー「赤めだか」には、立川流の理不尽で厳しい修行の日々が赤裸々に描かれている。立川談志師匠は談春を含めた三人の弟子を、本当に築地市場に放り込んでしまった。黙って一年間働けというのだ。しかし談春師匠はしみじみと振り返る。このときの修行がのちにどれだけ芸の肥やしとなり人間修養になったか。さもなければ破門だったかも知れない。

今日のバラエティ番組。珍しいことに私が大好きな柄本明さんが出ていた。息子で役者の佑さんや時生さんのことを語っていた。昔、反抗期で手をつけられなかった佑さんが、ドラマの現場を経験して戻ってきた。そうしたら、すっかり変わってとても良い子になっていたというのだ。

なるほどなるほど。
やはり放り込んでみるのもいいか。