就職を決める魔法

チャーリー・チャップリン

チャップリンが就職活動で使った魔法の話である。

1908年、チャーリー・チャップリンは、ロンドンの名門喜劇「フレッド・カルノー劇団」の面接を受けた。彼はまだ17歳だった。この一座に入れれば、一定の収入を得て、名声を高める事が出来るかもしれない。彼にとって、まさに千載一遇のチャンス。

「『フットボール試合』でハリイ・ウェルドンの相手役がやれるかね?」(☆1)とカルノー氏。

「ええ、わたしに必要なのはチャンスだけです」と自信たっぷり答えるチャップリン。

「17歳。ずいぶん若いな。それに、年よりも若く見える」

当時のチャーリーは、実際の年齢よりもずっと年寄りに見えるメーキャップで舞台にたっていた。カルノーはチャップリンがやるべき役の年齢を高めに見ていたのだ。年齢が問題で、せっかくの話がおじゃんになるかもしれない。チャップリンは一瞬ひるんだ。

ひるんだチャップリンは、無意識に「ぴくりと肩すくめ」をしたのだ。

それは、僕たちがスクリーンで何度も見た、あのチャップリン独特のあのチャーミングな仕草。浮浪者チャーリーの得意ポーズだ。悲劇的な人生のストーリーを、ちょっとしたユーモアで、笑いに変えてしまう魔法の演技。あの仕草が、面接をしていた、カルノー団長の心をとらえたという。

当時、一座を成功に導いていたカルノー氏の天才的な興業の勘が働いたのではないだろうか。こいつは使えそうだ。そう思った。(☆2)

当時のチャップリンは、ロンドンではいくらか知られてはいた。しかし、まだまだ無名の駆け出し芸人にすぎない。5歳のときに、突然声が出なくなった母の代わりに舞台に出てからの芸人生活。それは、激しい激しい浮き沈みの繰り返しであり、脱出する事の出来ない貧困との闘いであった。

そこにやってきたこのチャンス。カルノー劇団・アメリカ巡業の舞台に立ったチャップリンは、現地で人気となる。当時「キートン・コップス」などで有名になっていた、映画プロデューサー、マック・セネットの目にとまり、キートン・ピクチャー・スタジオに入社。ここからは僕たちが良く知る、監督兼喜劇俳優のチャーリーチャップリンの栄光が始まる。次々とスタジオを移りながら、初期の名作を生み出して行く。

カルノー劇団への入団こそが、それまでの苦難と貧困の生活から脱出する契機であった。そして、その入団を決めた「肩すくめ」は、まさにチャップリンの人生の大転機を呼び込む「幸運のポーズ」だったのだ。これが決まらなければ、チャップリンは田舎巡業を続ける旅役者で終わったのかもしれない。

チャップリンの母親は、舞台上で突然声が出なくなり極貧生活を余儀なくされる。そして栄養失調とあまりの不幸のために、精神に異常をきたす。同じく舞台役者だった父親もアルコール中毒で早世。兄シドニイとともに、貧民院と孤児院を出入りしながら、少年チャップリンは、世の辛酸をなめつくす。舞台役者としての仕事もなかなか芽は出ない。ある劇団の地方巡業での成功も長くは続かない。生きる糧を得るために様々な仕事を点々とする。

しかし、少年チャップリンは、常に自分の才能と可能性を信じる事をやめなかった。役者という人気商売の厳しさを知り、観客の反応を分析する。そして、他の役者たちの演技を研究して、常に自分の芸を磨くことをやめなかった。未来を信じる「不屈の意志」と、若さに裏打ちされた「楽天的精神」を保ち続けた。とにかく、将来をあきらめなかった。

チャップリンが、幸運の階段を登り始めるきっかけとなった、カルノー劇団の「就職面接」。そこで無意識に出た「ぴくりと肩すくめ」は、実はこうした下積み生活の結晶だったのに違いない。一瞬の仕草。無意識に出たポーズ。それは、人生の辛酸をなめつくした少年が見せた、悲しくて愛らしい表情。一瞬にきらめく豊かな魅力。これが、彼の人生の重い扉を開けたのだ。

12月となり、今年ももう大学3年生の就職活動が本格化している。「超」がつくような、就職氷河期である。いまの学生たちは本当に大変だとは思う。苦しい時にはチャップリンの自伝でも読み、彼が体験した長い下積み生活について考えてみて欲しい。できれば、就職活動を始める前に、自分の人生の土台を作るというプロセスをしっかりとやっておいて欲しい。そこからきっと、就職を決める「魔法」が飛び出すのだから。

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☆1:ハリイ・ウェルドンは、当時人気の喜劇俳優。「フットボール試合」は、カルノー劇団でも成功していた出し物。
☆2:「チャップリン自伝(上巻) -若き日々」の中で、紹介されているエピソード。チャップリンは、兄のシドニイから「このぴくりひとつで合格した」という話をあとから聞く。 pp-199


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