天才の試練

大学助手になれなかった

部長の悪口を散々並べて盛り上がった飲み会の翌日に、その議事録が部長のところにとどいたようなものでしょうか。怖いですね。やっぱし、人の悪口というものは、言わないに越したことはないのですね。

私もつい先日、偉大なるチャールズ・ダーウィン卿のことを「暇な人」呼ばわりしてしまった。いけませんいけません。綸言汗の如し。気を取り直して、いやええと、気を引き締めて、書き続けます。

天才が出来上がるには時間がかかる。結論はそういうことなのでした。でも、時間をかければ、それで天才が出来上がるのかというと、まさかそんなことはない。もし、そうならば、今頃この世の中は、天才だらけになっているはず。それでは、どのような条件のもとで時間をかけた時に天才は生まれるのか?前回紹介した、竹内薫さんの「天才の時間」という本は、実にここのところを綿密に調査されているのです。実に、興味深い結果が示されているので、以下紹介します。

アインシュタインは、頭の中に物理学のアイデアがいっぱいある時に、当時な大学教授から「あんたは才能がない」と拒絶された。そして特許庁で過ごした不遇の時代に、暇な時間を手にした。この時間が、後の「特殊相対性理論」を生む。( 逆に大学に採用となったアインシュタインの友人たちは、誰も際立った業績は残していない)

ニュートンは大学在籍中に、ペストの流行による大学閉鎖で、二年近い休学を余儀なくされる。しかしこの時過ごした、故郷のウールズソープで、微分積分、力学、光学など、現代物理学の基礎を、ひとりで作り上げてしまう。

グレゴリー・ペレルマンは、数学界のノーベル賞といわれるフィールズ賞を受賞。でもそれを辞退してしまう。賞金は一億円なのに。ペレルマンの場合は、数学に没頭するあまり、世間のことやお金のことは全く興味がない。だから人生そのものが常に「休暇」ということになる。竹内先生のこのまとめかた、本当に見事ですね。

そして前に紹介した、チャールズ・ダーウィン。彼はイギリスのウェッジウッド家につながる名家の出です。裕福であったために、あり余る時間があったのですが、研究に没頭する彼の努力無しには、進化論は生まれなかった。

このように、天才というものは、あたかも良いお酒が「樽の中で熟成」するような事例が、たくさん紹介されています。この他にも、ユング、エッシャー、宮沢賢治、ヴィトゲンシュタインなど、天才たちの「熟成過程」に関する考察があります。

いずれの天才のエピソードも、興味深いものばかり。しかしこの「天才を生み出す熟成過程」は、天才本人にとっては不本意なものだったかもしれない、というところが大事なのです。アインシュタインが、大学に入れなかったのも、ホーキング博士が不治の病になってしまったのも、宮沢賢治に不幸な事が重なったのも、神が与えた試練。竹内先生のおっしゃる通り、これらのことは「本人は全然望んでいなかったこと」だったに違いない。

神様が与えた試練に耐えたものが天才となるのか。
あるいは、神様は天才にのみに試練を与えるのか。