芸は身を助ける

最近、学生さんから相談を受けたり、高校生のご家族とお話していると「資格」について質問をされることが多い。テレビ局に入るにはどのような資格があれば良いのか。放送局で働くのに役立つ資格とは何なのか。正直なところ、答えに困ってしまいます。もちろん、電波や通信関係の技術的な資格はあるし、技術職の方には役立ちます。でもディレクターやプロデューサーとなると、あまり資格は関係ないのです。

本音で言うと、私はこう答えたい。「実際のテレビ局の現場で何が役立つかなんて、その時まで分からない。だから何でも勉強して、人に負けない一芸を持つように」と。でも、これでは答えにならない。高校生や大学生のみなさんが求めているのは、生活の保障となるような資格。

先月、家内が映画「武士の家計簿」をDVDで借りて来てくれました。なんと私の教育用です。

「しっかり見て、勉強するように」

バブル時代に会社生活を送ったせいか、お金に大雑把な私。幼少期に甘やかされたのもいけないのかしら。どうも経済観念が甘い。タイトルからして、おそらくこの映画は、窮乏生活に耐えるために家計簿をしっかりつける武家の話だろう。私を倹約家に改造するために、家内はこのビデオを「教育用」に選んだとのことです。

「はい」。私は素直に見始めました。映画は大好きだもんね。

昨年暮れに夭折した森田芳光監督晩年の作品。さすが、ただの倹約家の話ではなかった。家内は、私の「節約術」の教育には役立たないと知り残念そうでしたが、結局、家族そろって泣き笑い。感動してこの映画を見ました。そして我が家に残ったのは、この鮮やかなメッセージ。「芸は身を助ける」

武士が「そろばん」って、ちょっと地味じゃないですか。 「刀」とか「命」とかじゃないんですか。誰もがそう思うだろう。しかしその「そろばん=面白くもなんともない」を通して、波瀾万丈の人間模様を描いている。すごい映画です。家族の結束と愛情とはどういうものか、子供の教育はどうあるべきか、人生を生き抜くための智慧とは何か。江戸末期から明治にかけた「入払帳(いりばらいちょう)=家計簿」を通してそれらを「実証する」映画です。

なぜ「実証」なのか。その秘密は原作にあります。タイトルは同じ「武士の家計簿」。著者は茨城大学の磯田道史先生。埋もれた資料の中から、真実を探し続けて最新の歴史観を展開する、素晴らしい研究者です。この本は、立派な学術論文だと思います。神保町の古本屋で奇跡的に発見された、加賀藩・猪山家の武士家計簿をもとに、精密な検証と論考が展開されていて、こちらも最後まで一気に読ませていただきました。ユーモアもたっぷりで、笑えるところも。

ジョージ・ロイ・ヒル監督の「スティング」も、「詐欺師入門」という学術書をもとに作られた映画。[ 参考:騙される人 ] 言語学者が、プロの詐欺師たちの使う言葉を研究しているうちに、彼らのすんごい生態を知るにいたりました。この映画「武士の家計簿」も、いわば学術書をもとに作られた映画ですね。学術書映画というジャンルをつくることが出来そうです。

学術書とはいえ、磯田道史先生が本書の中で掘り起こしたエピソードは、映画のストーリーとしても、十分面白い。江戸時代に生きた家族の生活が、迫真のリアリティで記録されているから。だって、加賀藩のお勘定どころに務める実直な武家が残した記録。すべて「真実」なんですから。

つづく


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