ある勝算


フランシス・フォード・コッポラ監督の「地獄の黙示録」。いま観ても画面から発する強烈なパワー。いわゆるベトナム戦争の頃の「問題作」だったのだが、今もなお、その「問題意識」は古びず、訴えかける力は衰えない。

コッポラの奥さんが撮影過程を克明に記録した、素晴らしく面白いドキュメンタリーがある。この中で、コッポラは「この映画はめちゃくちゃな駄作だ」とか「大学で"F"(不可)を取ったようなものだ」とか散々泣きわめいていた。(正直だー) 大金をかけてフィリピンに組んだセットは台風で流されるし、主役は急病で倒れるし、製作予算は底をついて財産は抵当にはいるし。

それでも、コッポラは決して映画の完成をあきらめなかった。彼にはある「勝算」があったから。そのおかげで映画は大ヒットとなり数々の映画賞を総嘗めにした。

「地獄の黙示録」のBDに添付のパンフに、この映画の原作である「闇の奥」のオリジナル版表紙が載っている。コッポラは撮影中片時もこの原作本を離さなかった。離さなかったどころか、常に細かい書き込みをしたメモを書き込んで、毎日の撮影の土台にしていた。「ゴッド・ファーザー」の時に使った、マリオ・プーツォの原作のように。この本こそ、コッポラが信じて疑わなかった「勝算」である。この本こそ映画成功の立脚点。この本を守りさえすれば...

「闇の奥」とは、ポーランド出身のイギリス人作家、ジョセフ・コンラッドが残した「20世紀最大の問題作」と言われている。一筋縄ではいかない本とも言われる。読んでみたくなった。

光文社文庫の「古典新約文庫」版で、黒原敏行訳の「闇の奥」がある。現代語に近い新約なので、役者の意図通り、するすると読み進めることができた。確かに「地獄の黙示録」は「闇の奥」だと分かった。しかも読み手(観客)の心の中で完結する「比喩的手法」においても、同じだと思った。イギリス統治下のコンゴと、アメリカと闘うベトナムという設定の違いはあっても、あらゆる面で、この二つの作品は、同じ水脈での力を宿し、時代を超えた波紋を投げかける。実に重いテーマ。

この「重いテーマ」について考えてみること。それは、人間がどれだけサルから遠く進化したのかを考えるのに近いと思う。



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