名作のカゲに芋の煮っ転がしあり


「男はつらいよ」シリーズ。全部で48作もあるのに、どれも面白い。クオリティが高い。なぜだろう。いやなぜだろうはないだろう。山田洋次監督はじめ、スタッフと役者がベストを尽くして作られたものだからだ、当然だ。

でもやはり、なぜだろう、と考えてしまう。世の中に、監督やスタッフがベストを尽くさない作品なんて無いのだ。なのに、面白い作品とそうではない作品が生まれてしまう。これは不思議なものだと、いつも考える。

ブックオフで『「男はつらいよ」うちあけ話』という本に出会った。著者は、松竹でシリーズの広告宣伝を担当していた池田荘太郎さん。池田さんの肩書きは「寅さん課長」という。まさにシリーズとともに生きた証人の言葉で書かれた本だろう。よし、このシリーズの秘密をさぐってみよう。

まず、山田組というチームのすごさが伝わってきた。良質のコメディというものは、意外にも冗談も出ないほどの過酷な現場から生まれるらしいのだ。笑いにあふれた作品なのだが、現場は真剣そのものだったと、出演した女優さんは口を揃える。なるほどなるほど。現場は真面目なのだ。

撮影のクランクイン前には、俳優陣からスタッフまで、総出で旅館に泊まり込み「討ち入り式」をやる。しかし別に厳粛な儀式をやるわけでもなく、みんなですき焼きを食べて、近況を話して盛り上がるだけ。そのうち全員が、自然に撮影にはいる気分になってくる。あれま、これは町内会の新年会みたいなノリですね。

撮影中盤には恒例の「アツミのお弁当会」が開かれる。役者からスタッフまで高級お弁当を全員そろって食べる。すべて座長の渥美清さんの負担である。家族的な雰囲気を作り出す心遣い。現場では自分に厳しく、演技に集中していたという渥美清さん。仕事を離れると、まわりを細かく気遣う方だった。

それから、帝釈天の源公こと佐藤蛾次郎さんが、奥さんとともに100人前くらいの、カレーを振る舞う「蛾次郎のカレーの会」というのもあるそうだ。3〜40人くらいのスタッフなのに100人前たいらげる。それほど旨いカレー。

山田組では、コーヒーもひと味違う。発電用ジェネレーターを運転する山田さんというかたが、自分で焙った豆でコーヒーを淹れてくれる。ジェネレーターがあるから、いつでもお湯を沸かせる。でも、ジェネの運転手さんがコーヒーを淹れてくれるなんて話、ほかで聞いたこと無いなあ。

撮影用においしい「芋の煮っ転がし」をと、わざわざ自分の奥さんに作らせる小道具係。露木幸次さんという方だが、山田組には欠かせない夜の宴会部長。ネアカのため、いつか映画にも登場。柴又住人「備後屋」の役。シリーズ途中で亡くなった佐山俊二さんから引き継いだ。「柴又より愛をこめて」では、名優・人見明が演じる「麒麟堂」と共演。

撮影の現場では、みな自分の仕事やるのに精一杯。でも、ちょっと自分の手が空いたときには、他のスタッフの手助けを買って出る。山田組の団結というのは、こういうお互いの「気遣い」の中から生まれていたのか。カメラの後ろでは眼光鋭く、厳しい演技指導をする山田監督。しかし、そのまわりでは、下町情緒そのままの、あったかい人間の協力関係が存在した。

ひとりの主人公が全48作に同じキャラで出演しているシリーズというのは「男はつらいよ」の他に世界にひとつもない。つまりギネス記録なのだそうだ。この大記録を支えたのは、スタッフと役者全員に染みわたる暖かい信頼関係。これが名作シリーズの秘密だ。そう思いました。