選択の余地がない場合には

坂から見上げた浦上天主堂

人それぞれに。それぞれの人生。それぞれに「選択」を続けた結果が、いまのその人生の状態になっているのだ。僕なんかはいつのまにか、50代半ばに達しようとするわけだが、いよいよもって「自分自身の選択」によってたどり着いた結果に、我ながら驚く毎日である。でも、なんにしろ、すべては自分の選択の結果である。

なんでこうなっちゃったんだろう。そんなこと言ったって、こればかりは他人のせいにはできない。すべては自分自身の「選択」の積み重ねなのだから。

夏休み中の大学で、事務作業の整理などをしながら、HDDにたまった番組などを見ていた。本当は「ハリウッド白熱教室」というEテレの番組を見ようと録画予約していたのだ。いつのまにかそのシリーズは「コロンビア白熱教室」というシリーズに変わっていたのだ。何だろうこれ?と、思って早速彼女の著作「選択の科学(Art of Choosing」を買って読んでみました。

オバマ大統領も通った、ニーヨークにある名門コロンビア大学。そのビジネススクールで人気の授業である。先生はシーナ・アイエンガー教授。3歳の時から眼の疾患がはじまり高校にあがるころには視力を失ってしまった彼女が、人生における「選択」の意味と力を長年の研究成果に基づいてもので、例題として出てくる実話の豊富さと、その分析のシャープさ、話術の巧みさで、コロンビア大学の学生たちも真剣そのもの。

その授業によると、つまり。

人間は「選択をしないと生きていけない」動物なのだそうだ。いやいや、人間だけでない。動物たちも毎日生き抜いていくために「選択をする」という行為が本能的に備わっているのだ。だから「高級ホテル」なみにいきとどいた動物園での生活から、彼らはたびたび脱走する。そこにいれば一生安泰なのにね。

猛烈なスケジュールとビジネスのスリルにさらされながらも、社長クラスや会社の重役たちは、意外に長生きなのだそうだ。それは極限的に危ない状況で「選択をする」という行為が楽しいのだからだそうだ。逆に、平凡な一サラリーマンであって、常に人から指図を受け、自分自身に「選択権のない」階級の人々は、それが意外にも危険なストレスになっているのだという。

自分の人生を生き延びるための選択。これは、人間が生きていくために必要な「良性のストレス」なのだそうだ。この逆の状態におかれること、つまり最近よく聞く「リストラ部屋」におかれるような状態は、とても悪いストレスとなる。まあ、誰だって、年がら年中、上司からガミガミ指示され続けたら、まいってしまうわけだよね。

以前にもこのブログシリーズで書いたんだけど競馬やパチンコなど「ギャンブル」というものは、「自分はリスクを背負って重要な選択している」というイリュージョンを持つための行為でもあるらしい。もちろん、実益をかねてやっている方も多いだろうけど、こういう心理充足的な側面もあるということ。

アイエンガー教授が紹介する事例として、とても興味深い調査結果がある。上で述べたような「上から指図ばかりされている」あるいは「自分自身に選択権のない」状態におかれた労働者の中にも、とても長生きするグループがあるということだ。そのグループの特徴というのは、彼らの「考え方」にある。

その考え方とは何か。それは「気にしない」ということである。自分が「人に命令する立場」であろうと、「人から命令される立場」であろうと気にしないのである。そんなことを人生の一大事と考えないこと。自分の社会的ポジションがどこであろうと気にしない。それどころか、社会という存在そのものを気にしない。つまり古代中国の仙人のような人たち。要するに考え方というか、価値観の問題。

いつの時代でも、自分の思い通りの人生を歩む人もいれば、なかなかそうはいかない人もいる。どんな境遇にあっても、自尊心を持ってしっかりした価値観さえもっていれば、何も怖くないということ。これも人生のひとつの「選択」なんですわね。

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