まるごとやりなおしたい日

ビスビューの街並
人生がまるごとやり直せたら。それはいつか誰でも考えることだろう。私の場合、思い起こせば恥ずかしきことの数々。できればすべて無かったことにして、やり直してみたいことはたくさんある。 人生まるごととまでは言わず、もしも昨日一日だけでもやり直せたならば。

そうだな。まずあの人に会ったときのあの乱暴な言い方は直そう。お昼に食べたカレーはなしにして、もっとヘルシーな野菜サンドイッチにすべきであろう。夜九時を過ぎての中華はやめたほうがいい。

僕の大好きな、ハロルド・ライミス監督が2月24日に70歳で亡くなってしまった。これまでまだ見ていなかった「恋はデジャ・ヴ」を慌ててDVDで鑑賞しました。我が家におけるささやかなる、特別追悼鑑賞会でありました。 嬉しいことに、監督自らカメオ出演されてました。

ヨコシマな心に支配されたフィル・コナーズ(ビル・マーレー)は、いつも自己中心的で刹那的、享楽的な人生を送っている。ある日突然、神が彼に命じる。「止まれ。そして永遠におなじ一日だけを繰り返せ」。人生における毎日が、同じ一日の繰り返しとなった彼は、思いつく限りの愚行を重ねる。無反省。

毎日が同じなのだから、周りの人間たちの素性や行動予定は全て把握できている。現金輸送車から金を奪うことも、手当たり次第に女性を口説き落とすことも可能だ。どんな馬鹿な行動をして、たとえ警察に捕まろうとも、翌朝6時になれば元の2月2日。すべはリセットされて同じ一日が始まる。だから、何をやろうとも翌日には彼は「許される」のだ。

さすがのフィルもついに気づく時が来る。実はとんでもない罰を受けているのだ、これは永遠の苦行なのだと。 人生がまるごと繰り返せたら。それは、誰もが一瞬は考えること。しかしそれが実現してしまって、それこそ永遠に同じことの繰り返しになってしまったならば。それは身の毛もよだつような恐ろしい刑罰なのではないか。

いったいぜんたい、この無限ループから抜け出すためにはどのような方法があるのか?

ハロルド・レイミス監督が用意した結末。自分の幸福を手に入れるためには、まず他人のために尽くすべし。あなたの周囲にいる困っている人達を助けなさい。そうすればあなた自身が救われるのです。と、これはあくまで僕の解釈ね。

この映画のエンディングにおいて、なにを想うのかはその人次第だろう。僕自身は、上記のような優等生的解釈を考えたわけだが、ひとによっていろいろな解釈が可能なはず。こういうのこそが、いい映画だよね。いい映画です。これからも何度も楽しめることと思います。こんな映画を残してくれた、ハロルド・レイミス監督に感謝いたします。