アップルの屋上で起こったこと

アップルとフルーツ

1969年の1月30日は、今年と同じで木曜日だった。解散の危機に近づきながらも音楽の創作を続けていたビートルズは、その日ロンドンのサヴィルロウ街にあるアップルビルの屋上で、1月の寒風をついて無告知ライブを敢行した。ホワイト・アルバム以来の諍いもヒートアップし、どうしようもなく進まない[ Let It Be ]のプロジェクトに、終止符を打つべく、最後の手段として提案されたライブだった。

でも凄いものだ。ビートルズの歴史をひもといてみると、メンバーの関係がどうしようもない緊張感に崩れそうになり、レコーディングスタジオは蒸気の噴き出す圧力鍋のようになって、まともなセッションもできなかった状態で、こんなにも凄いアルバムが残された。(☆1)

人間というものは、仲間と仲良く和気藹々としているのが幸せ。一緒にご飯を食べたり、慰め合ったり。だけど、そういう人間関係という中からは、あまり創造的な活動というものは生まれないのかもしれない。

ビートルズだって、世界的に売れ始めた1964年当時は、4人の結束も高く、誰も入り込めないような特別な仲間として、素晴らしいチームワークの中で、いくつもの名曲を生み出した。でも、その中にも、ちょっとしたライバル意識、張り合う心というものが創作意欲を刺激する。

映画やテレビの現場でも、スタッフみんなが仲良くというよりも、緊張感の中でギスギスしている瞬間というのも大事なのかもしれない。なにか得体の知れないプレッシャーの中で、スタッフ同士が耐えられないほどの緊張でぶつかりながら仕事をする。そういう時がある。

名作といわれる映画にかかわるメイキング話をひもとくと、よく「監督とスタッフの一触即発の危機」といった話が残っている。「エイリアン」を監督した時のリドリー・スコットは、ハリウッドではまだまだ新人扱い。スタッフがストライキ状態になったりした。「ブレード・ランナー」では主演のハリソン・フォードと揉めた。「ダンサー・イン・ザ・ダーク」では、ラース・フォン・トリアー監督との軋轢で主演のビョークがしばらく行方不明になった。

スタッフにとって「辛いプロセス」を経た作品のほうが、最終的に評価が高いということが言えるのかもしれない。嫌ですけどね、スタッフとしては。みんなで仲良く、楽しくルンルンで仕事したいものですがね。

1969年の1月30日。あの日も実は、ビートルズと、彼らをさせるたくさんのスタッフの間には、とんでもない圧力のプレッシャーがかかっていたのだろう。だからこそ、あの日は「歴史的な一日」となったのだ。

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☆1:ジョンの信頼を得たフィル・スペクターが、断片的に残ったセッションのテープを、無理くりつなぎ合わせてなんとかものにしたのだそうです。これがまた、ポールを憤慨させてメンバーの決裂の原因に。

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