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火曜日が楽しみ

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ものすごく忙しい週末だったので、あまり気にもとめていなかったのですが、先月の5月19日(土)に、千葉県地方では大変なことが起きていました。広域にわたる「断水」で、埼玉や群馬でも騒ぎは広がったのです。基準値を超えるホルムアルデヒドが検出されたから。 我が家の近所のコンビニや酒屋さんでも、ペットボトルの水が早々に売り切れに。しかし結局のところ、我が家は「断水」という事態には、ならなかったのです。なぜか。それはうちの近所の「浄水施設」が最新で優秀の施設だったからです。 くわしくは知りませんが、なにか特殊な浄化装置というものがあるそうで、浄水所によってはそれが無いところもあったとのこと。人間の生活にとって「水」の供給は、最も重要なインフラ。浄水施設の機能がこうして進歩しているのは、なんだか安心。関東県全域にこうした設備が配備されてほしいですね。 「エリン・ブロコビッチ」という映画は、「水」をめぐる法廷闘争を描いた映画。弁護士の資格もなく、ロースクールに通った事もない、極貧のシングル・マザーが、公害を垂れ流す大企業を相手に、巨額の賠償金を勝ち取った。そういう実話に基づいて作られています。まるで映画のような話。だけど実話。アメリカ全土が、このサクセス・ストーリーに「スカっとした」という。私もこの映画、見て「スカっと」しました。思いっ切り。

初恋の来た道

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チャン・イーモウ監督作品「初恋の来た道」。原題の意味は「私のお父さんとお母さん(我的父親母親) 」というのだと、うちの研究室の中国人留学生が教えてくれた。「きれいなお母さん」も、本当は「きれいな大きな足」というタイトルなんだって。なんだって、こんなに変わっちゃうのかな。ちなみに「北京バイオリン」は「あなたと一緒に」なのだそうですね。 最近では、日本公開の洋画のほとんどが原題をカタカナにするだけになった。中国作品の場合は漢字だからそうもいかない。どうせ日本語に直すのだから、映画の主題が分かりやすく、あるいは親しみやすいタイトルに変えるのでしょうね。「初恋の来た道」は確かに、この映画の重要なテーマなのだけど、本当の主題ではない。(だからといって、この素晴らしい映画の価値が下がるわけではないけれど)

ラベンダーの香り

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時間旅行と聞いて「ラベンダーの香り」を連想する。NHK青少年ドラマを見て育った、僕たち昭和世代はみなそうだろう。元祖タイムトラベル小説「時をかける少女」の設定だから。時間旅行の秘密は、ラベンダーの香りがする謎の薬品にある。未来人が持って来たのだった。  時間旅行ができれば、誰でも人生をやり直すことが出来る。自分で自分の過去を修正する。今となっては「誤ち」と分かっている、過去の行為を今の自分がやり直すのだ。これが可能ならば、誰の人生も完璧なものとなる。 「メン・イン・ブラック(MIB)3」を、東宝シネマズ日劇で見た。ステレオ3Dですよ。これまでの前2作とも大好きな私。ハチャメチャなストーリー展開でありながら、大真面目な科学定理や、冷徹な人生哲学が散りばめられている。このシリーズは、私にとってSF映画の見本みたいなもの。このシリーズのDVDは、床の間に飾っておきたい。 この「MIBシリーズ」で、なぜかこれまで封印されて来たのが「時間旅行」だ。SF映画にとって常套手段だけど、使いようによっては、シリーズ全体の流れを崩壊させてしまうかもしれない。陳腐で安易なB級映画に成り下がっちゃうかもしれない。やはり禁じ手だったのか。それともバリー・ソネンフェルド監督は、最後の手段として温存してきたのかしら。

ニワトリの日

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「コケーッコー」たかが一羽のニワトリの叫び。だけど、この一声は、ポップミュージックの歴史を変えた一声ではないだろうか。ビートルズの名盤「サージェント・ペッパース」のB面(☆1)終盤で「グッド・モーニグ グッド・モーニング 」から「サージェント・ペッパーズ(リプライズ)」の間。この「コケーッコー」が、2曲を見事につなぎ合わせる。 前半の「コケーッ」までは、ニワトリの声なんだけど、後半の「コー」は、ジョージ・ハリソンの弾くギター・イントロ。合わせると「コケーッコー」と聞こえる。録音技術によるマジックです。 このアイデアは、45年前の今日、1967年4月19日水曜日に生まれた。 「 ビートルズ・レコーディング・セッション」 (☆2)によると、その日、ロンドンのEMIスタジオでは、サージェント・ペッパーズから、マジカル・ミステリー・ツアーにいたるレコーディングスケジュールが目白押しだった。

職務に忠実

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テレビ番組のスタッフ初顔合わせ。私はそこで「音声さん」を言い当てる自信がある。「音声さん」だけはスタッフ表を見なくても分かる。カメラマンと照明さんを見分けるのはむずかしいけどね。さて、どうやって当てると思いますか? ドラマのロケで「音声さん」はじっと座り続けます。ひたすら座っている。(☆1)はじめは「いいなあ」とうらやましかった。だって、長い長いロケの撮影中、僕たち美術スタッフは、ずっと立っているのだ。座っている美術スタッフとは、すなわち「いなくてもいい」人。いやでも立って働かなければ。

ADからスタート

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テレビ局のディレクターを目指す若者は、「AD」というポジションからスタートする。(☆1)アシスタント・ディレクター。とりあえず「ディレクター」という名前はついているけれども、特にディレクターらしい仕事をする訳ではない。 まずは、プロダクションの最底辺の雑用からのスタート。台本のコピーとり。資料整理。スケジュール表づくり。小道具の買い物。弁当の注文。お茶いれ。とにかく何でも。テレビ番組の撮影の準備という作業は、おそろしく雑多な仕事の集積である。ADの仕事に終わりはないのだ。やりかたがまずい、といっては、先輩にやり直しもさせられるしね。涙。

映像の外にあるもの

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カメラの視線が静かだから映像の外にあるものが見える。 取材の気持ちが穏やかだから言葉の外にあるものが聞こえる。 素晴らしいドキュメンタリーだった。3月9日(日)放送の 「あの日から1年 『南相馬 原発最前線の街で生きる』」(NHK総合) 。この番組の語り口は実に謙虚で静か。むしろ寡黙。それでいて、見ているこちら側に、大きくて重たい何かを残してくれた。東日本大震災一周年。各局過熱気味の演出が多い中で、この番組の静かさは異色だった。 テレビ番組が、その中で伝えることができる情報の量は、意外に少ないものだという。番組中でナレーターがどれだけ語り、映像がどれだけつぎ込まれようとも、新聞や雑誌などの印刷物の情報量にはかなわない。立花隆氏によれば、NHKスペシャル一本分の情報量は、文芸春秋の一記事の情報量にもならないそうだ。(☆1)