ニワトリの日

「コケーッコー」たかが一羽のニワトリの叫び。だけど、この一声は、ポップミュージックの歴史を変えた一声ではないだろうか。ビートルズの名盤「サージェント・ペッパース」のB面(☆1)終盤で「グッド・モーニグ グッド・モーニング 」から「サージェント・ペッパーズ(リプライズ)」の間。この「コケーッコー」が、2曲を見事につなぎ合わせる。

前半の「コケーッ」までは、ニワトリの声なんだけど、後半の「コー」は、ジョージ・ハリソンの弾くギター・イントロ。合わせると「コケーッコー」と聞こえる。録音技術によるマジックです。

このアイデアは、45年前の今日、1967年4月19日水曜日に生まれた。「 ビートルズ・レコーディング・セッション」(☆2)によると、その日、ロンドンのEMIスタジオでは、サージェント・ペッパーズから、マジカル・ミステリー・ツアーにいたるレコーディングスケジュールが目白押しだった。

「サージェント・ペッパー」というアルバムは、楽曲の美しさももちろんだが、当時のポップ・ミュージックのレコードづくりの常識をくつがえしたことで有名。全ての曲がとぎれることなくつながる「コンセプト・アルバム」の嚆矢だった。一曲一曲が独立して成立しながら、アルバム全体の流れが、一個の構成作品として成立している。いわばクラシックの組曲のような作品。そして、曲と曲のあいだの「移行部分」には、いろいろな工夫が凝らされている。

4月19日の第2スタジオでは、コントロールのみでの編集作業。ジョージ・マーティンや、ジェフ・エメリックらによる、ミックスダウンなどの作業が行われていた。この日、「グッド・モーニング グッド・モーニング」から、タイトル曲への移行がしっくりこず、一からやり直しが行われていた。「グッド・モーニング グッド・モーニング」の最後にあらわれる「動物の声リレー」のアイデアは、当然ジョン・レノンのもの。ニワトリ→小鳥→ネコ→イヌ→馬→ライオンと、動物の鳴き声が食物連鎖的につながる。だが、最後の「落としどころ」が見つからない。

試行錯誤の末に、ついに「ニワトリ→ギター」というアイデアが生まれる。しかしこれが誰のアイデアだったのかは、よくわからない。ジョージ・マーティンは、それはまさに「神がかり的な偶然」と言っている。自然な流れの中で「誰からとも無く」生まれた、ということかな。一方、レコーディング・エンジニアのジェフ・エメリックに言わせると、すべては用意周到に準備されていた。つまり、ジェフの頭の中で生まれたようにも聞こえる言い方をしている。だって、ニワトリの声はテープの回転数を調整して、ジョージのギター・イントロに「合わせて」ある。つまり「ジェフがやった」ということ。

どちらにせよ「すげえことだべ」と僕は思います。「計画的なもの」だとしても「偶然の産物」だとしても。とにかく、音楽や映像の制作現場ではこういう傑作が生み出される「奇跡的瞬間」というのはあるのです。僕自身も、これまでそういう経験をしました。あとで考えると偶然とも奇跡ともとれるし、必然だったようにも思える。そんな、とんでもないことが起きるのです。

全スタッフのモチベーションが最高レベルとなって、創作行為の緊張関係と、プレッシャーが満ちる時。天から奇跡が舞い降りるんですね。ビートルズとスタッフ全員にとっての、1967年4月19日のように。シンクロニシティとも言うのかな。才能のある人間どおしが、押し合いへし合いしながら生み出す奇跡。

ゆるい生活をしている、なまけものクリエイターには、これは「ぜったいに」起こらないよ。保障します。自称「映像作家志望」の学生クンたち。よく「アイデアがうかびませーん」とか「何がやりたいのか、僕わからなくなりました〜」とか人ごとのように言う。そらそうだよ、ひとりで家にこもって、いくら祈っていてもだめさ。

自分の才能をぶつけあい、磨き合う仲間をみつけなくちゃね。助け合い、傷つけ合いながらも、一緒に成長する友達を見つけなくちゃ。ポール・マッカートニーが天才的な仕事をしたのは、ジョン・レノンという、もう一人の天才と、本気でぶつかりあったから。逆もまた真なり。

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☆1:いまはCDになっちゃって、A面もB面もない。レコードのころは、A面とB面のコントラスト、選曲というのが重要だった。ちなみに「サージェント・ペッパーズ」では、最初のミックス・ダウンでは、A面の曲順は現状とは違っていたんですって。3曲目は「ミスター・カイト」だったらしいよ。びっくりですね。もし、そうだったら、オープニングは、サーカス小屋で演奏している感じがずっと続いたんだろうね。そうしなかった理由もわかるような気がします。

☆2:「ビートルズ レコーディング・セッション」は、' The Complete BEATLES Recording Sessions ' の邦訳です。マーク・ルウィソーン著 / 内田久美子訳。2009年には、「ザ・ビートルズ レコーディング・セッションズ完全版」として再版されました。


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