智名無く勇功無し


動物の毛先を持ち上げたからって「力持ち」とは誰も言わない。
太陽や月が見えたからって「眼が良い」とも言われない。
雷鳴の大きな音が聞こえても「耳が良い」とは、誰も思わない。(☆1)

兵法の書「孫子」にある言葉。第4編にあたる「形篇」の途中から出てくるくだりです。これは別に「小さな手柄を自慢してはいけない」と言っているのではないのです。勝負の達人というものは、このように「力もいらない簡単な方法で勝つものだ」という教えなのです。

大騒ぎをし、大勝利をあげて、皆から喝采を受けるような勝ち方は、最善の勝ち方ではない。むしろ、誰にも気づかれずに、何の功績も努力もないような形で勝つ勝ち方がすばらしいのだ。こう言っているのです。

誰だって、目立った活躍をとげてまわりからの喝采をうけたい。大々的勝利を得て、その功績を認められたい。ヒーローになって目立ちたい。人情としては当然。しかし、本当の勝利者というのは、そういう「大騒ぎ」はしないんだよ。「孫子」は、そう教えています。

「孫子の読み方」という素晴らしい本の中で、山本七平さんは、ナポレオンのロシア侵攻をくい止めた、クトウゾフを例に出している。圧倒的多数を誇るナポレオン軍に包囲されないように、徹底して退却を続け、無駄な抵抗をしない。ついに敵が消耗し、こちらが「勝ち易い状態」が出現するまで、首都モスクワまでも捨てる。「智名無く勇功無し」だが、こういう勝ちかたこそが第一級なのだ。

立派な社長というのは「いるんだかいないんだか分からないような」社長なのです。騒がしく活躍をするのでもなく、いつも静かにしているだけ。でも、ものごとがスムーズに進んでいる。そんな会社が優秀なのだ。いつもトラブルだらけ。みんなで大騒ぎして解決しているようではダメなのかも。

今の日本、テレビをつければ、評論家が勇ましく議論を戦わせている。有名光学機器メーカーで、首脳陣が派手に主導権争いを展開すれば、電力会社は政治力をフル稼働して大立ち回り。経営者や政治家が、智名と勇功を華々しく争うのが、日本の日常の風景。

しかし、きっとどこかにいると信じたい。

智名も無く勇功も無く、じっと日本の行く末を見つめる本当のリーダーが。

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☆1:勝ちをを見ること衆人の知る所に過ぎざるは、善の善なる者に非ざるなり。故に秋毫を挙ぐるに多力と為さず。日月を見るに明目と為さず。雷霆を聞くに聡耳と為さず。古の所謂善く戦う者は、勝ち易きを勝つ者なり。故に善く戦う者の勝つや、智名無く、勇功無し。[ 孫子・形篇 ]

outstanding photo of Lightning : by Nelumadau


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