映像の外にあるもの

カメラの視線が静かだから映像の外にあるものが見える。
取材の気持ちが穏やかだから言葉の外にあるものが聞こえる。

素晴らしいドキュメンタリーだった。3月9日(日)放送の「あの日から1年 『南相馬 原発最前線の街で生きる』」(NHK総合)。この番組の語り口は実に謙虚で静か。むしろ寡黙。それでいて、見ているこちら側に、大きくて重たい何かを残してくれた。東日本大震災一周年。各局過熱気味の演出が多い中で、この番組の静かさは異色だった。

テレビ番組が、その中で伝えることができる情報の量は、意外に少ないものだという。番組中でナレーターがどれだけ語り、映像がどれだけつぎ込まれようとも、新聞や雑誌などの印刷物の情報量にはかなわない。立花隆氏によれば、NHKスペシャル一本分の情報量は、文芸春秋の一記事の情報量にもならないそうだ。(☆1)

その点、この番組には余計な説明はない。人々の生活を淡々と見つめるカメラ。説明はしない。断定はしない。そこに生きる人々の言葉の断片から、全てを映し出して行く。それだけだ。だがこの取材の結果「言外の世界」のすべてが描き出されたのだと思う。登場する人々が、国や東電に直接怒りをぶつけるような表現もない。

だからこそ「映像の外にあるなにか」を見ることができる。静かな演出だから「音声の外にあるなにか」を聞き取ることができる。こういうのを「エクスフォメーション(外情報)」というらしい。インフォメーションの逆だ。現代の情報理論によれば、インフォメーションそのものにはたいした意味はない。むしろ、インフォメーションとしてまとめられた情報の以前に、捨て去られたものが重要なのだ。「あらゆるものを捨てて」残った言葉。それこそが本当に深い意味を持つのだ。

これは「番組に登場する人々と共にある」番組だ。民放でよく流れているような過剰なセンチメンタリズムや、おしつけがましいメッセージなどは無い。ただ淡々と、そこにいる人々に寄り添うだけだ。インタビューもほとんどない。ディレクターの国分拓さんらしき声が時々はいるだけ。それも、自分の思いを語っている人に、相づちをうったり、軽い質問をするだけ。「お元気ですか?」「いかがですか?」など、近所の顔見知りが声をかけるように。そっと住民の心に寄り添うていねいな取材。人々の心の深層が、すこしづつ流れ出て私たちの心に残る。

カメラが人々の間を漂う「空気」と化けた。だから、映像に登場するひとびとは、身構えることもなく、ありのままの心を語ってくれたのだ。人情家で精力的なカメラマン、菅井禎亮カメラマンだからこそ成し遂げたもの。1年間のあいだ何度も現地を訪れた彼の、献身的な撮影が成し遂げたもの。カメラに映る人々に何も強要はしない。そういうカメラワークが清々しい。

豊かな福島の自然を描写する珠玉のカット。阿武隈川のサケの遡上。冷たい川底での産卵のいとなみ。新しい生命が飛び出す瞬間。モリアオガエルの産卵。無人となった街に出没するサル。オニヤンマの脱皮。自然番組ではないのだから、こうした映像は、この番組が語るべき「住民のストーリー」には関係ないようにも思える。しかし、すぐにわかる。菅井さんのカメラは、この南相馬の人々が「失いつつあるもの」を映しているのだ。日本人が失った何かを映している。いまは分からない。しかし自然は敏感だ、いずれこの一体の生態系には、ある変化がおとずれてしまう。それを予感させる。そして一方で、大自然の逞しさや再生能力の高さも示しているのかもしれない。

国分拓ディレクターと菅井禎亮カメラマン。あの名作番組「ヤノマミ」を取材した、素晴らしいチームだ。おそらく「ヤノマミ」の取材中の過酷な経験から、今回の番組の方法論も生まれたのか。(☆2)このふたりは、今のNHKにある人材の宝だと思う。1年間の大変な取材、ご苦労さまでした。本当に素晴らしい番組を残してくれて有難う。おそらく今頃は、取材を通じて得たもの、番組では語りつくせなかったもの、出版の準備をされているのかもしれない。楽しみにしています。


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☆1:「臨死体験」(立花隆著)は、NHKスペシャルの取材中に得られた情報を、改めてまとめたもの。番組では語りつくせなかった内容が、あの分厚い二巻ものとなった。立花さんは、取材のディテールがテレビ番組では伝えきれないことに、強いフラストレーションを感じたという。もちろん「映像」の力は大きいのだが、だからといって事実関係を伝えきるには情報量が足りない。

☆2:文明との接触を持たない「ヤノマミ」は、隔絶されたアマゾン奥地に暮らす原住民。10年越しの交渉で、彼らとの共同生活を実現したふたり。取材は命の危険と隣り合わせ。あまりの空腹に幻覚を見る。原住民との軋轢。過酷な環境の中で、この奇跡のような番組を作り上げた。


ヤノマミ族のこと >>>

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