一鉢に植えられたパンジー


大雪の翌朝。真っ白な雪の覆いの下で身を寄せ合っていたパンジー。背のびしてるやつ、俯いているやつ、元気なやつ、寝てるやつ。どこか人間のグループと似ている。一緒にいても、結局はひとりひとり、違ったことを考え、違ったことを感じているのだ。

一つの鉢に植えられたパンジーたちは、お互いにお互いのことをどのように感じているのだろうか? もしかすると、沢山の花がみんなで同時に何かを感じている?それぞれが感じていることが、お互いに共有されているのかも。お互いの喜び、お互いの悲しみ、相手の苦しみ、相手の嬉しさ。

動物が仲間の感じていることをみんな共有できたなら、その感覚は地球を覆うほどの規模になるだろう。ゾウは、遠くにいる仲間と超低周波の音声でコミュニケーションしているらしい。そして、何か人間には見えないレベルのことを知っているように見える。人間を越える不思議なコミュニケーション能力。それはかなり広いエリアにわたるらしい。

僕たちも、ツイッターやFacebookで、離れた友人たちのつぶやきを聞けるようになった。ある意味で、地球上の人類は、いまや一つの鉢に同時に植えられたパンジーのようなものだ。いつも、瞬時に他人の考えがつぶやきとなって届く。誰かの喜び、誰かの悲しみが伝わってくる。誰かを常に隣りに感じている。

社会的な集団の心理にアクセスできる。みんなが怒っていたり、喜んでいたり。特にオリンピックやワールドカップのシーズンでの同期ぐあいは凄いものだ。お互いに知らない同士がタイムライン上を漂いながら同調したりできる。すごい時代です。

でも、こんなすごい能力を使って、僕たちはお互いにお互いを深く理解出来るようになったのかしら?より協調したり、お互いを尊重し合い、気遣い合うようになっているのか。少なくともパンジーたちは、ひとつの鉢の中でお互いを傷つけ合ったりはしていないようだけど。

Popular posts in Avokadia

レイチェル・リンド

クリングゾルの最後の夏

九方皐