こき使われなさい
先週、惜しまれながら放送終了となったNHK・朝ドラ「ゲゲゲの女房」。その記念番組にでていた、水木しげるさんが、ぼそっと言った言葉だ。水木先生はときどき、インタビュアーの質問を勘違いしたふりをして、話の流れと関係ないことを言う。しかしこれが、意外に大事な事である事が多い。
なかなか核心事を聞いてこないインタビュアーの、プライドを傷つけないようにしながら、なんとか重要なことを差し挟む、水木先生の高等テクだ。呆けたふりをしながら、説教臭くなく、ぼそっと何か大切な事を言う。
「まずは黙って上司の言うことを聞いて働きなさい」
民間人初の中国大使・丹羽宇一郎さんも、アニメ監督の今敏さんも、同様なことをおっしゃっていた。まずは、黙って働け。そのうち分かる。山田洋次監督も、映画の世界の新人についてこう述べている。助監督は、まずスタッフや役者に弁当を配れ。役者の弁当の好みを覚えるのも大事な仕事だ。撮影助手は、ま ず撮影監督にコーヒーをいれろ。ごたごた言っている間に仕事しろ。理屈やテクニックは、そのうちひとりでに覚えるから。
体力のある若い時に、余計なことを言わずに経験をつみ、先輩の仕事を覚えなさい。ぶつぶつ文句を言う前に、とりあえずやって見なさい。その仕事の意味は、やっているうちにわかるんだから。本当にそうなんだよなぁ。黙ってやってほしいんだよね。
でもいまの職場では、新人に対してなかなかそんな口はきけないんですよ。
言っちゃったら最後、彼らはすぐにやめちゃうかもしれないんだから。
新人「理由もなくこき使われるのは、いやなんです。やりがいがあって自分が納得いく仕事がしたいので」
上司「そうですか。ではどうぞよそに行ってくださいね。ムカっ」
しかし、ちょっと待てよ。
水木先生は、こんな草食新人相手のくだらない会話を想定して、くだんの発言をしたのだろうか?あるいは、もっと他の大事の事について、何かおっしゃりたかったのではないだろうかしら。いや、そうに違いない。ここで、これまでの話しの「仕事」という主語を「作品」と置き換えて考えてみることを思いついた。
そうすると、水木先生が本当に言いたかったのは、こういうことになる。
作品を作るときは、作品にこき使われなさい。
これから作家を目指す若い人は、はじめから妥協をゆるさず、頑張りなさい。
傑作であるべき作品とは、あなたに対して、妥協を許さないものだから。作品とは、あなたのものであって、あなたのものではないのだ。傑作とは人類すべてのものだ。人類の財産となる作品に対して、あなたはそのしもべとなって働かなければならないのだ。全身全霊を傾けて作品をつくりなさい。黙って働きなさい。
「ゲゲゲの女房」でも描かれた水木先生の姿。作品に立ち向かう、水木先生の真剣の姿を思い浮かべてみると、その背中から、改めてこの声が聞こえて来るような気がする。うん、それに違いない。
よし、僕も黙って働かなくちゃ。
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