遠い国の出来事だから

ポール・ルセサバギナ(ドン・チードル)

「富士山と信仰・芸術の関連遺産群」が世界遺産に登録されるというめでたいニュースが今朝の新聞に載りました。でも同じ紙面の隣には、東京へのオリンピック誘致に関する猪瀬都知事の失言の記事が。時にメディアというものは皮肉な状況を演出するものだ。

もし僕があのインタビューを受けたら。おそらく同じように失言した。だってインタビュアーの煽り方がうまい。「あちらは若者が増えていて、東京は老人が増えていますが」ときたら、つい対抗的なことを言いたくなる。

他人の感情を逆撫でしておきながら、相手の失言をゲットするのがメディアの常套手段。それにうっかり乗ってしまった知事には本当にお気の毒だ。綸言汗のごとし。

「ホテル・ルワンダ」という映画を観ました。こんな素晴らしい映画が、日本では限定的な公開だったなんて。凄惨な内容に映画館が敬遠したということだ。しかし実際の映画は、ところどころにユーモアも交えながら、スタイリッシュでなおかつ感動的な語り口で伝えるもの。宣伝のしかたによっては、日本でも十分にヒットしたのではないだろうか。

先進諸国が自分たちの富のために分割した植民地アフリカ。独立を勝ち取ってなお、なぜ同胞同士が傷つけ合わなければならないのか? その裏にあったのが、紛争をあおる「メディア」の存在。もともとの怨恨が原因とはいえ、地元メディアによる煽動がなければ、ここまでの混乱は起きなかっただろう。

ヒステリックにフツ族の撲滅を訴える「ラジオ放送」。国内のメディアが人々の恐怖心と敵対心を刺激することで、フツ族は容赦ない攻撃の標的となってしまう。主人公のポール・ルセサバギナ自身は、民族の対立を超えて、ホテルに身を寄せる1268人の人々を救うために奔走する。しかし、地元ラジオはそれを見透かしたように邪魔をする。

現地の切迫した事実を伝えるせっかくの映像を配信しても、世界のどこからも援助の手が差し伸べられることはない。ソマリア武力介入失敗の苦い経験から世界はルワンダを無視し続ける。怒りをぶつける西欧人カメラマンを、ホアキン・フェニックスが熱演していました。

実際に、1994年当時の僕自身もこの「無関心」な世界の一部だった。メディアというものは、一体何のためにあるのだろうか。「もめごと」で苦しんでいる人々を救うため? 「もめごと」をあおり立てるため? 


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