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10月 16, 2016の投稿を表示しています

ブラック企業

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サラダ用にキャベツの皮を刻む。 キャベツに申し訳ない気がする。
植物にだって人生がある。これから大きく成長して太陽の光をいっぱいに受けようという若い葉っぱを、まだ大人になる前に刻んでしまうのだ。まるで、社会に出る前の大学生を、料理しているみたいで可哀想。(考えすぎ?)
次々と若者を採用するが、ろくに育てられない企業もあるという。「即戦力として使えない」といっては新人が切り捨てられる業界もあるらしい。
じっくりと経験を積ませてゆっくりと教えてあげて、愛情をそそいで育ててあげられれば、若者だって働き続けるのでは。いまの若者だって、道理はわかるし意外と義理堅い。恩のある会社をそう簡単には辞めはしないはずだ。

ご神木

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樹木の形を見ると、やはり重慶は熱帯系のようだ。根っこがまるまると逞しく、濃い緑の葉がエネルギッシュに密生している。
今朝、御茶ノ水駅のホームから地上を見上げると、街路樹の欅の幹に「注連縄(しめなわ)」が巻かれていて、その樹がご神木であることがわかった。都会の道端の樹なのだけど、地元の人の信仰の対象となっている。
重慶で見たこの大木。根っこの隙間にはたくさんの小石が差し込まれていて、何らかの霊性のある樹として敬われていることがわかる。目の前のものに命や霊性を感じるかどうかは、見る側の心の問題だ。中国も日本も、樹に対する思いに違いはないように思った。


カンナ

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この何年かでカンナという花が大好きになった。まだ初夏の頃から10月中旬となった今まで、ずーっと咲き続けている。夏の花という印象があるけど、どっこいいつまでも咲いている。秋風が吹いてきてもどこ吹く風。この「だからどうしたの?」っていう凛とした風情が、僕は大好きだ。
第一ものすごく目立つ。花は真紅かオレンジ。これでもかというほど、花芽をつけて、次から次と花を咲かせる。花芽はまるで機関銃のように並んでいて勇ましい。まわりの雰囲気など関係なく、「わが道をいく」花だと思う。
今日、大学の一年生を集めたミーティングがあった。
彼らを見るといつも不思議に思う。いつどこで、こんなにも「空気を読」んだり「周囲を気にする」大人のようになったのかしら。できれば、みんなカンナのように「だからどうしたの?」って威勢良くノビノビ成長していってほしいものだ。


ビニール袋にスイカを入れて

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重慶の街では、いたるところで果物や野菜を売る屋台を目にした。両肩に天秤棒で担がれた大ざるに盛られたザクロ、大きな木製のリヤカーに積まれた桃、トラックの荷台に並べられたブドウ。どれも美味しそうではあったが、買って食べてみることはしなかった。さすがに地元の人に混じって、果物にしゃぶりつくことは出来なかった。
どういうわけか、こうしたリヤカーやトラックは、みな真っ赤であった。四川料理に使われる唐辛子の色なのか、酷暑の夏を象徴しているのか。とにかくよく目立つ。
それから、重慶で買い物する人は、みなビニール袋でそのまま運ぶ。首がないまるごとの鳥をビニールにいれて運んでいる人、豚肉らしきかたまりを運んでいる人。切ったスイカをビニール袋に入れて持って歩く人。あれはもし、ビニールのひもが切れたらどうなるんだろうと、見ていて心配であった。
電車の車内で、ビニール袋の中から直接スイカを食べている人も見た。スイカの汁が服に飛び散るかどうかなんて気にしていない。ワイルドだけど、シンプルでエコな感じがした。