自分で決める


花には「何の花になるか」を自分で決めることはできない。当たり前のことだが、球根の時から、百合は百合の花を咲かせることに決まっていた。

封建主義の時代では、人も生まれながらに将来が決まっていた。選択の余地もなく、武士の子は武士、商人の子は商人となった。職種や身分は自分が選択するものではなかった。



いまは身分制度も家督制度もなく、誰もが自由意志で将来を選ぶことができる。すばらしいことだが、「人生の選択」を強いられる若者たちが、気の毒になることもある。時に自由も楽ではない。

高校を選び、大学を選び、研究室を選び、そしてさらに就職先を選ぶ。選択につぐ選択に、迷い、疲れてしまうこともあるだろう。

今年はすでに大学生の就職内定率が60パーセントを超えた。売り手市場とはいえ、自分の力量に合わせて、自分の未来を選ばなければならないというのもちょっと酷なこと。誰か他人に決めてもらうか、偶然にでも任せたほうが、ずっと楽なのかもしれない。