映画という生命体
生命は単なる分子なのか。原理的には説明できるが、おそろしいほどの複雑さで協調して働く分子なのか。それとも、さらに何かが含まれるのか。われわれにはまったくわからない。(中略)生命体は分子とそれらの相互関係にほかならないとされる可能性がある。分子の謀叛が「リア王」を想像したとすれば、それはこの世界を魅惑的なところにする可能性のあかしだからだ。
(フィリップ・ボール著「生命をみる」 p.40)
生命とは、各レベルに分かれた様々な現象が、複雑にからみあい協調しながら実現しているものだ。臓器レベルでみれば、まるで各器官が、自動車や電機製品の部品のように働いて見える。それをタンパク質レベルにまで拡大して見れば、まるで、巨大部品工場のラインのようでもある。遺伝子、DNAレベルで見れば、それは、インターネット空間を走り回るデータの渦だ。しかし、これらのどのレベルで観察してみても、それは生命という複雑な現象の一断面を見たにすぎない。
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