紙がなくなる日

ちょっと想像してみた。

50年後のある日。ひ孫がこんなことをブログに書く。

「先日、私の曽祖父の残した日記などを整理していたところ、不思議な四角い紙の束を発見しました。かつて日本には、新年にこの年賀状というものをやりとりする、美しい習慣があったそうです。本物の年賀状を見るのははじめてだ。本物のパルプ紙。表面には郵送手数料が印刷されています。裏面にはメッセージや絵を書いて送ったものだそうだ。送付の際には、各家庭への個別郵送システムを利用していたという。」

なんて。

50年後の日本人。果たして、年賀状をやりとりしているのだろうか? 2009年時点ですでに、年始のあいさつには、年賀状よりもメールが多く使われたという(産經新聞)。そのうちに年賀状は、ツィッターやフェースブックに取って代わられるのだろう。特に「実名」によるフェースブックなら、友人知人に挨拶を送るのは、一瞬のことだ。

数年前までプリントゴッコで、二日も三日も、手間をかけて年賀状を印刷していたのが、信じられない。現在は、パソコンとプリンターをつないで、印刷している年賀状。そんな習慣すらも、いずれは過去のものとなるのかな。技術革新による時代の移り変わりは早い。

麻布十番の「TSUTAYA」で昨日、仕事の資料用に洋書を6冊も買いこんだ。(ここは本当にデザイン系の洋書が充実している)大きな紙袋ふたつに、両手で下げて帰宅したが、重くて重くて仕方が無かった。手が抜けそうだった。紙って本当に重いんですね。

これがすべて電子書籍だったら楽だろうなと、本気で思った。電子書籍ならば、コピーだって、自分のための資料化だって簡単だ。それに、印刷物はそもそも解像度が高くない。スキャンすると印刷のアミ点で、ブツブツになってしまう。今や、ハイクォリティのデータのほうが、印刷物よりもよっぽどきれいなのだ。画像の品質に置いても、ネットが印刷物を逆転してしまった!

50年とか、大げさなことを言わずとも、もうすぐかもしれないんだな。

紙がなくなる日。

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