天下らない

「天下り」って、いけないこと?

窮地の日本経済。日本国債の格付けが「ネガティブ」に下がっちゃったし。経済政策は待った無しなのに、国会の予算審議は無限ループ。管政権の崩壊間近といわれる状況で、政治家のみなさんは一体全体、国会で何を「審議」しているのかしら。普段は見ない国会中継。ちょっとだけ聞いてみた。

平将明氏が、衆院調査局の「最近の天下り・渡りの実態に関する予備的調査」に基づいて質問していた。それによると、09年9月19日から10年10月1日までに独立行政法人や公益法人などに再就職したり、現役出向したりした国家公務員は4240人もいるという。( Yomiuri Online

日本の官僚は優秀です。ま財界産業界との繋がりを、強固に構築しつつ、お互いの利益を最大効率的に実現していく。役人は法案を作り、経済界は公共サービスをサポートする。この連携プレーによって、日本という国は成長し発展してきた。

「天下り」というものは、経済界から公共サービスへの重要な架け橋だ。官僚側からみれば「天下り」は、もともと民間よりも低い公務員の「生涯賃金」を補填するものでもある。役人人生の最後にもたらされる「成功報酬」と見ることもできる。役人の前にある大きなニンジンなのかも。そして企業側から見れは「天下った」は元官僚は、社会からの大事な預かりもの。

故ピーター・F・ドラッカー氏は、「日本の官僚制を擁護する( In Defense of Japanese Bureaucracy )」というレポート(☆1)で、日本の官僚システムも「役にたたないもの」ばかりではないと語っている。また「天下り」というものが、日本固有のものではなく、世界に普遍的に存在することを論じている。「天下り」という習慣は現実には、アメリカを含む先進諸国に普遍的にみられる現象なのだと。また、日本の官僚組織は優秀であり、時として「天下り」もその重要な機能の一部として認識することが必要であると述べている。

しかし、そもそもドラッカー氏が指摘する日本の官僚組織の「優秀さ」とは、彼らが日本の社会的利益を第一に考えている点においてである。それに対して、アメリカの官僚は、国家安全保障が脅かされないかぎり「経済的価値」を第一とする。つまり、日本の官僚は「国を思う気持ち」において優秀なのだと。

しかし今の日本は、アメリカ経済に追従する「経済偏重」となってしまった。国も企業も最大関心事は「経済的価値」だ。ひとりひとりの人間が住む日本社会の維持よりも、お金で計算する「利益」のほうが大事になってしまった。だから「天下り」する役人の関心事だって「経済」ばかり。それに本音では社会の「経済」よりも、自分の生活に関わる収入という「経済」のほうが大事というのも人情だし。

ドラッカー先生は以下のように続ける。

「ただし、日本では天下りした顧問たちには高給が支払われるが、そのポストは閑職である。彼らは月に一度の給料日以外は、そもそも会社に姿を見せることさえ期待されていない。これとは対照的に、ヨーロッパのほとんどの諸国のこうした『半ば退職しつつある』官僚たちは、銀行のCEOとなるオーストリアの官僚同様に、本当に仕事をする 」


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☆1:「日本の官僚制を擁護する」は、フォーリン・アフェアーズ・リポートに公開されています。また、1999年刊行の「明日を支配するもの ( Management Challenges for the 21st Century / 上田惇生訳)」にも、「日本の官僚制を理解するならば」というタイトルで収録されています。

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