本人の問題

マルクス・アウレリウス帝(左)
リドリー・スコットは、既存の傑作映画を上回るB面的映画を作る天才です。

「エイリアン」は「スター・ウォーズ」のホラー版で、「ブラック・ホーク・ダウン」は「プライベート・ライアン」の戦争ドキュメンタリー版。そして「グラディエイター」は「ベン・ハー」や「スパルタカス」のリアリズム追求版だと言える。

でもこんなこと書いて、リドリーのことを「B級映画監督」なんて勘違いされてはいけない。上記の三作品ともに、リドリー・スコット監督の作品は映画史に残る傑作ぞろい。ある意味で彼は、すでに存在する傑作作品の軌道を辿りながら、自分なりの完成形を模索しているのかも。すでに存在する傑作をものともせず、同ジャンルに攻め込む確信的な使命感と勇気。逆に言うと、巨匠だからこそ許される本格リメイクということか。

紹介した写真は、「グラディエイター」の冒頭、主人公マキシマスの戦功をたたえる皇帝マルクス・アウレリウス。「ハリー・ポッター」でのダンブルドア校長先生を演じた、リチャード・ハリスが演じている。リチャード・ハリス、良かったなあ。迫る老いと戦いながらも、後継者選びに苦悩し憔悴する賢帝を演じきっていた。リドリー・スコット監督いわく、賢人皇帝も年老いて、ついには「しょうがないクソ親父」になってしまった、みたいなテイストを狙っていたそうです。渋いキャラ設定ですね。

賢帝、マルクス・アウレリウスが残した言葉です。☆1

「私は祖父から、善良な行儀と激情の抑制とを学んだ。私の父の名誉と思い出からは、謙譲と男性的気品とを学んだ。私の母からは、敬虔と仁徳と、また単に悪い行いばかりでなく、悪い考えも忌むべきこと、尚また富者の習慣とは遠く異なった素朴な生活のしかたなどを学んだ。ルウスティカスからは、私自身の性格が矯正と修養とを要するという肝銘を受けた。 <中略>

万物が互いにいかに変化するかの理を諦観することを身につけよ。 ー これのできる人は身体のことに執着せず、やがて自ら人間界を去るべきことや、一切の事物をこの世に残さなねばならぬことを覚っておるので、彼は己れのあらゆる行為を正しくすることに全身全霊を打ち込み、その他のことに関しては己れ自身を宇宙の本性に任すのである。」☆2

いい言葉ですね。さすがローマの賢人皇帝。「自省録」という立派な本も残しているんだって。だけど不思議なのが、このアウレリウス帝の息子のコンモドゥスが、結局どうしようもない暴君になってしまったということ。あまりのひどさに、31歳で暗殺されて、ローマ史から消し去られるほどの悪人。映画「グラディエイター」でも、銀河皇帝さながらの悪魔的残虐行為にふける凶悪キャラクターとして描かれていました。やはり、人間として賢いかどうかというのは「遺伝しない」ということの証明ですね。

正しい人間に成長できるかどうかは、やはり本人の人生の責任ということでしょうか。親が賢人であろうが、だらしない人間であろうが、子供である本人の人間的成熟は、本人の問題。さて、僕も手遅れになる前に勉強しようかな。灯火を惜しんで。あっ、もうワイン飲んじゃった... 今日はムリ〜

☆1:マルクス・アウレリウスの瞑想録
☆2:昨日同様、安岡正篤著「養心養生をたのしむ」より抜粋しました
Photo : DreamWorks/Photofest/MediaVastJapan

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