闇の奥


この人誰でしょう? 

マーロン・ブランド演じる、ゴッド・ファーザー( ヴィトー・コルレオーネ)のつもりです。ちょっと似てないけど許してください。ジェンコ貿易会社の事務所で、ネコを抱いて座っているところですよ(想像)。なぜこの人の表情って怖いのでしょうか。今回、ゴッド・ファーザーDVDボックスの特典ディスクのメイキングを見ていて、やっと分かりました。

ゴッド・ファーザーが怖い理由、それは彼の「目の表情」がよく見えないということ。この人の「目」の表情は、飛び出した「額(ひたい)」の影で隠れちゃっているために「チラ」っとしてか見えない。だから怖い。他にも怖いところは沢山ある。なにしろガタイがでかい。ほっぺたがブルドックみたい(口にティッシュをつめた特殊メイク)、声がドスが効いて威厳があるし。でもとにかく一番怖いのが「闇の奥に隠れた目」なのだ。

人間の感情が、最もストレートにあらわれるのは「目」です。普段の生活でも「目は口ほどにものを言う」といって、誰も目の表情をごまかすのは難しい。ちょっとした表情に「本心」が現れる。その表情を読み取るために、私たちは、知らず知らず相手の「目」を見つめている。だから、相手の目がよく見えないというのは不安になる。

ゴッド・ファーザーがボソボソと言う。「これからもお互いに友好関係を築いていこう」。でもその間、影になっている「目」はよく見えない。いや、ぜんぜん見えない。だから、一所懸命彼の表情を見ている相手も、コチラ(観客)も、だんだん不安になってくる。「一体この人何を考えているんだろう…」なんて思って見ている次の瞬間、チラっとだけ「流し目」になった表情が映ったりする。イタリア系アメリカ人の闇社会を支配する、ドン・コルレオーネを「謎につつまれた人物」として描く上で、効果絶大でした。

その「目を隠す影」なんですが、これが実は撮影監督の「確信犯」的な演出だとは知りませんでした。名カメラマンといわれるゴードン・ウィリスの仕業です。彼自身が特典ディスクのインタビューで語っていました。「マーロン・ブランドには、真上からライトをあてるべきだと直感的に思った」と。真上からライトをどんとあてることで、顔に意図的な影を作っていたのだ。これは「映画の主人公」の顔の表情明るくはっきり写す」という原則に反する撮影方法だ。

映画公開当初は、実際に批判もされたそうである。主役であるマーロン・ブランドの「目の表情」が見えないとはどういうことだ、と。しかし、今、ゴードン・ウィリスは自分の直感は当たっていたと語る。目の表情を隠すことによって、逆に隠されたものの大きさを表現した。全くそのとおりですよね。あの「影」は、ゴッド・ファーザーのキャラクターの重要な一部です。冒頭のCGイラストも、上からのトップライトを効かせてみました。

映画「男はつらいよ」シリーズで、フーテンの寅を演じた、故・渥美清さん。「四角い顔に小さな目」がトレードマーク。そしてその「小さな目」が実に表情豊かだった。時にいたずらっ子のような意地悪さを見せたり、観音様のように優しかったり、少女のようにはにかんだりするのだ。

テレビ版「男はつらいよ」のスタートの際には、寅さんの大事な小道具である「ソフト帽」のひさしの部分を、小さく切ってしまったという。帽子のひさしが影が、目の表情を隠してしまっては、渥美さんの演技がテレビの画面で伝わらないし、寅さんは「柴又暗黒街のドン」ではないからね。風に吹かれて旅ガラス。気のいいフーテンキャラ。キラキラとした目の表情は大事です。

ロンドンオリンピックのアーチェリー。男子個人で銀メダルをとった、古川高晴さんも「目を隠した」キャラだった。競技中はサングラスでしっかりと「目の表情」を封印して、相手を威圧しているようでしたね。勝負に徹する鉄面皮という感じで、ちょっと怖かった。しかし大歓声を受けて表彰台に登ったときは、サングラスはなく、とても優しそうな目を見せてくれましたね。あの「ギャップ」に日本中が魅了されたましたね。

くだんのゴッド・ファーザーも、陽光溢れる庭で孫と遊ぶシーンでは、しっかりと目の表情を披露していましたよ。口にオレンジの皮をつめてふざけている。ちょっとタレ目の優しいその目は、ファミリーの幸福を見守るゴッド・ファーザーの目でした。

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