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9月 13, 2009の投稿を表示しています

グーグル頭脳流出

グーグルを今月4日に退社した、大物技術者、李開復(カイフー・リー)氏は、第二のジョブスになるのか?
李氏は、もともとマイクロソフト社の副社長だったのを、グーグルが2005年に無理矢理引き抜いたという経緯もある。こうして4年で退社となった流れを考えれば、グーグル内部に何か問題があるのではないかとも勘ぐりたくなる。各紙紙面の内容も、グーグルにおける企業内統治に欠陥ありとの論調のものが多い。
李氏以外にも、グーグルではこの1〜2年の間、人材流出が止まらない。以前も引用したが、本社・広報幹部のティム・アームストロング氏は、AOLへと引き抜かれた。世界最大のSNS「フェースブック」は、幹部から末端まで、グーグル出身者がたくさんいる。ツィッターの創業者も同様にグーグルからの人材が流入しているようだ。
きわめて短期間に急成長を遂げてきたグーグルは、他のIT巨大企業の例と同じように、早くも衰退への道を転がり始めたのだろうか?こうした人材の連鎖反応的な流出は、マイクロソフト社でも見られた現象であり、同社におけるその後の開発力の低下や、企業ビジョンの不明瞭化の原因になったことは否めない。まるで、その領土拡大を際限なく続けるローマ帝国のように、グーグルはYouTubeを買収し、Bloggerを買い取り、さまざまなIT物件を買収しては、企業規模の拡大を重ねてきた。
領主の欲望のままに拡大された領土は、果てしなく続く国境線という防衛ラインで囲まれる。領土の守備は、防衛ラインが伸びれば伸びるほど難しくなる。無敵のローマ騎馬兵軍団をひきいての、適地略奪は簡単だ。しかし、手にした領土の守備は、いつかは金銭と食料の空費をまねく。グーグルもいつしか、領土の略奪者から、防衛に心を悩ませる巨大な領主へと変貌してしまったのかもしれない。
9/14・日経朝刊の記事では、グーグル人材流出の原因を、巨大化した企業の「成長の鈍化」と指摘する。企業の新規上場における上場益こそが、ストック・オプションを莫大な富に蛙チャンスであって、その後「もう急上昇はしない」株を保有し続ける理由は薄れる。彼らグーグルを支えた人材たちは「安定成長の中のグーグルによる世界革命」に参加することよりも、「次の新興企業でのギャンブルと爆発的な上場益」を得ることのほうが魅力的である。
情報源の定かでない記事で、5日、香港紙サウスチャイナ・モーニング・ポスト…

グーグルのスローガン

以前日経新聞で、「大転換」というなかなか素晴らしいシリーズが連載された。2009年6月だったと思う。その第3部「揺らぐCEO神話」の中で、古いタイプの企業統治者がによる失敗事例がいくつか挙げられていた。
カリスマによる企業統治というスタイルは、現代社会においてはもう機能しない。2000年ビル・ゲイツ氏MS退任、2001年ジャック・ウェルチ会長GE退任、2002年ルイス・ガースナー氏IBM退任。ジェフリー・イメルト会長などの、有能な実務家タイプの社長が現実と向き合う経営を行い、GEは堅実さを増したが、カリスマ経営を続けたAIGやリーマン・ブラザーズは崩れ去った。重圧に苦しむハワード・ストリンガー ソニー会長兼CEOは、ついに「ソニーに社長は必要か?」と発言。
現代における巨大企業の経営者は「みな一様に病んでいるのでは?」というような内容だ。しかしその後、このシリーズ記事は、グーグルだけは別格扱いをする。以下のような美しい文章が印象的だった。この記事は、切り抜いて手元にある。それくらい感動的な内容だ。 ____________________

Google社員のモチベーションを支えているのは,天才創業者と世界規模の「情報の革新」プロジェクトに参加する権利だ。ストックオプション(株式購入券)や報酬ではない。 ____________________

ラリー・ペイジ氏やセルゲイ・ブリン氏のような経営者は天才技術者であると同時に、ITの伝道師でもある。こうした創業者に率いられたグーグルは、つまり「利益などは目じゃ」なくて「革新的プロジェクトの誇り」がすべてという、現世においては奇特な求道者。慈善団体のように無欲な天才集団がグーグルなのである。彼らウルトラ情報革命の先導者による、組織ガバナンスは、以下のような悩みとは無縁。企業統治に苦しむ以下のような経営者の悩みは皆「過去の遺物」のような統治理念に起因する。
しかし、本当にそんなうまい話はあるものか?ハワード・ストリンガー氏がうまくいっていない人で、セルゲイ・ブリン氏や、森田昭夫氏はうまくいった人と簡単に分類するのも、どうかなーと、思いませんか?経営というのは、うまくいくときはうまくいって、うまくいかないときはうまくいかない、というだけじゃないのかな。
そして、この1年間続いている、グーグルの人材流出現象。グーグルもやはり普通の会社、グーグル…

JDC信託

金融庁は9月15日に、JDC(ジャパン・デジタル・コンテンツ)信託の信託免許を同日付で取り消したと発表した。法令上必要な純資産額(1億円)を下回ったうえ、顧客財産を適切に管理する内部管理体制の構築が難しいと判断した。(9/16日経朝刊より)
金融庁は15日、知的財産権信託会社「JDC信託」の信託免許を取り消す方針を固めた。同社は、04年の信託業務法改正で一般事業会社として初めて信託業務免許を取得。「シネマ信託方式」で、映画「フラガール」の製作資金を支援した。だがその後ヒット作に恵まれず経営が悪化。(9/15毎日夕刊より)
この「JDC信託」の設立の経緯については、岩崎明彦著「『フラガール』を支えた映画ファンドのスゴい仕組み」に詳しい。岩崎氏のこの著作によれば「フラガール」より前には通常の独立系制作会社として映画製作をおこなっていた、シネ・カノンが、この映画からファンド方式に切り替えたのは、岩崎氏による粘り強い説得の成果。シネ・カノン代表の李鳳宇(リ・ボンウ)氏は、当初はこの方式には疑問を持っていたというが、より資金集めも容易で、制作者にとっても投資家にとってもリスクの少ないというファンド方式について、熟考の上で、採用に踏み切ったようだ。
映画「フラガール」は、2006年日本アカデミー賞において、作品賞、最優秀脚本賞、最優秀監督賞、最優秀助演女優賞などを総ナメにした。独立系映画としては異例のことであった。日本中を感動の渦に巻き込み、あちらこちらで「フラガール」現象をひきおこした。舞台となった福島県への経済効果もだいぶあるのではないだろうか。私自身、作品の内容が素晴らしいだけでなく、映画製作の過程そのものが感動的な、この映画が大好きだ。
この映画の製作過程については、李鳳宇(リ・ボンウ)氏が、著作「パッチギ!的 - 世界は映画で変えられる -」に詳しく書いている。福島県の炭坑町における「ハワイアンセンター」(現スパ・リゾート・ハワイアン)を舞台にした人間物語。それは、本作におけるアシスタント・プロデューサー石原仁美氏が、地道に現地を歩き回って、掘り起こしていった歴史的真実の集大成である。それを感動的なヒューマンドラマに編み上げた、李相日(リ・サンイル)監督の執念の演出。そして渾身の演技で応えた俳優陣。この奇跡のような映画は、私にとっては、映画製作の見本のようなものであり、大学…

許されざる者

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クリント・イーストウッド監督が「最後の西部劇」として撮った、渾身の一作と言われる「許されざる者」。19世紀末のワイオミングを舞台にした、この作品の映像は、たしかに美しく、荒野に広がる光は伸びやかで、世界は印象派の水彩画のようだ。しかし、登場人物がみな、どこかうつろで陰鬱な雰囲気をたたえたこの映画は、単純な西部劇ではない。「殺し合い」が見せ場のはずの西部劇で「殺し」が哲学的問題となっていて、見る者に考えることを強要する。しかし、だからといって、この映画が面白くないわけではない。少なくともエンド・クレジットの10分前までは。
許されざる者」( UNFORGIVEN )というタイトルが示すように、この映画のテーマは「憤怒による復習、そして当然の報いとしての死」だ。理由は何であれ、他人を傷つけたり殺したりしてしまった者は、決して「許されることは無い」というのが、この映画の世界における究極のルールだ。このメッセージは明快だ。この映画でも、悪いことをした連中は、ちゃんとストーリーの中で、みなしっかりと罰を受けることになる。
リチャード・ハリス演じる、イギリス人賞金稼ぎのイングリッシュ・ボブ(リチャード・ハリスの存在感は圧倒的)は、とりあえずの罪としては、イギリス女王とアメリカ大統領を比較して大統領をコケにするだけというものだが、おそらくはこれまで散々と殺人を犯したであろうことから、登場からたった数分後には滅茶苦茶な目に遭わされることになる。

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