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4月 25, 2010の投稿を表示しています

ベル先生のおかげで

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「電話」を使って遠くに離れた家族や知人と話をする。これほど楽しく嬉しいことはない。人間とはひとりで活きていくことは出来ない、社会的生物なのだし、そのコミュニケーションの大半は「会話」によって成り立っている。

だから「電話」というものは、いつまでもどこまでも発展を続ける。より遠くまで、より鮮明に「会話」を届けるために、「電話」という技術は成長を続けるに違いない。僕の生きている間にはあり得ないだろうが、火星に住んでいる孫からおじいちゃんへ「お誕生日おめでとう」の声が届くという日も、いつかは実現することだろう。

2010年のいま、ついに若者たちは「iPhone」と「skype」の組み合わせで、無料で話せる電話を作り出してしてしまった。自主的無料化。これは電気通信事業法から見れば違法なのかもしれない。でも総務省や電話会社にも落ち度がある。「WiFiによるデータ通信」と「電話による通話」が、見ようによっては同じひとつの技術にくくられるということを知りながら、なんら手を打てなかったのだから。壊すことが出来ると知られた「ベルリンの壁」はいつか破壊される。

もともと、電話がこの世にあるのは、グラハム・ベル先生のおかげ。ベルさんは、電話を発明はしたが、別に電話の専門家じゃない。おじいさんの代から続く、聾学校の先生をやっていて、「ろうあ」の子供達に、一生懸命「会話」を教えているうちに思いついたのが電話なのだ。距離で離れている人にも、身体の障害によって離れている人にも、会話の楽しみを与えたい。それがベルさんの望みだったのだ。だから、現代おける電話の発達と無償化について、最初に特許を取ったベルさん本人も、喜んでいるのではないだろうか。

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ティムさんのおかげで

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古い新聞を整理していたら、小さめの切り抜きページがぽろりと落ちた。日本国際賞を受賞した、ティム・バーナーズ・リーに関する日経新聞記事だ。たしか「ひと」の欄だったと思う。このころの僕の新聞切り抜きは、乱暴で、日付も何も書き込んでいないので、正確には分からないけれど、ティムさんの日本国際賞の年だから、2002年のものということは確かだ。

左のウィキペディア・コモンズの写真もだけど、この新聞の写真の、ティムさんは、なかなかハンサムで知的だ。まさに”スマート”な好青年っていう感じ。[ ティム・バーナーズ・リー公式サイト ]

「特許を申請していたら、こうは広がらなかった」と彼自身が言うように、ロバート・カイリューとともに開発した、World Wide Web(WWW)のハイパーテキストシステムも、URL、HTTP、HTML の最初の設計も、すべて無料公開してしまったのだ。この大英断のおかげで、私たちは、ネットで映画チケットの予約をし、天気予報をチェック、友達の日記を毎日読んだり出来るのだ。すべてティムさんのおかげというわけだ。

WWWの構想は、彼が1990年に、欧州合同原子核研究所( CERN - あのスポーツスタジアムみたいにでっかい原子核加速装置があるところだ!)に在籍中に、研究者仲間の情報を共有するために考えついたもの。予算もつかず、最初は誰も理解してくなかったとは、今では信じがたい話だ。僕たちはいま、ティムの構想のとおり、たくさんの情報を共有できる社会を手にした。