ながいながい就職活動


ことしもついにの就職活動が解禁となりました。ずいぶん早いスタートです。大学三年生の12月に、就職先を探し始めるのですから、その活動期間はとても長いものになります。

私の頃の就職活動と言えば、それは四年生の後期でした。四年生の夏休みに「企業研修」なるものに参加して「内々定」のようなものをもらう同級生もいましたけど。それに比べても今のスタートは早いと思います。

先日、氏家幹人著「殿様と鼠小僧」を読み、江戸時代にも就職活動というものがあるということを知りました。主人公である松浦静山の就職活動です。静山は長崎の平戸藩主であり、主に江戸の屋敷で暮らしていたのですが、彼は四十七歳で隠居するまで、三十年近くの就職活動を続けました。

もともと十代で平戸藩主になったのですから「就職」もなにも無いようなものですが、要するに江戸城に登城して働くこと。幕府の役職について将軍のために役立つポジションにつくこと。これが彼の夢でした。当時の藩主というものはみなそれが目標であったようです。

もちろん、地元の藩政にエネルギーを投じる藩主もいこたとは思います。でも、旗本になったり老中になったり、幕府の要職につくことで、彼らの権力や財力はさらに圧倒的なものとなり、人生がガラっと変わったのです。

しかし残念ながら、松浦静山は一度も幕府に登用されることなく、隠居の道を選びます。ながいながい就職活動は実りませんでした。四十七歳での隠居というのは、平均的年齢でもあったようです。でも一方で、九十九歳まで旗本を勤めた方もいたというのですから、何の役職にも就かない隠居というのは、実感としては「早かった」のでしょう。

隠居後の彼は、そのことをずいぶんと悔やんだようで、あちらこちらで愚痴を言っていたようです。しかしそのおかげで静山は、「甲子夜話」という素晴らしい日記を残す時間を手に入れました。この日記は20年も続き、江戸時代の様々なことを今に伝えてくれています。今で言えばアルファ・ブロガーですな。

ところで、静山を生んだ御母様。この女性の人生というものも大変いろいろとあったようです。次回は、この御母様について書きたいと思います。

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WATERCOLOR: 柴又「高木屋」の和菓子


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