次に生まれてくるときには

シロツメクサって謙虚な姿です

映画の世界などで「次に生まれてくるときには」と言うセリフを聞くことがあります。仏教で教えるところの「輪廻」という概念によれば、人生には前世も来世もあるはず。時に前世のことを覚えているという人がいて、性別や身分や出身地など現世のものとはまるで違うそれを知っているとか。

ワタシの場合は、そんなこと全く分かりませんが、何か想像してみると遥かな大宇宙に漂う存在としての自分の姿が見えるような気もします。自然界が営んでいる「世代交代と進化のプロセス」は、「輪廻」と呼ばれるものに似ているようにも思える。

シロツメクサの絵を描きました。Facebookのお友達で大学の先輩が撮影したものをお手本に描かせていただきました。見慣れた花ではありますが、こうしてよく見なおしてみると、なかなか精緻なデザインであることが分かります。この花の形も、長い長い時間をかけて自然が選択したものなのですね。

その「自然選択による進化」を記録しているDNA。リン酸とタンパク質の組み合わせで作られた神秘的な暗号コード。フランシス・クリックとトム・ワトソンが発見しノーベル賞を受賞してから今年で60年ですが、いまだこれを超えるような、生命の設計図は見つかっていないと聞きます。

不思議なのは、このシロツメクサも人間も、このDNAの書式としては、基本的なところは全く同じということ。つまり植物だろうが、人間だろうが、単細胞動物だろうが、みーんな基本システムは同じということですね。このへんも、仏教の教えと合致するところが面白いです。

その自然界の不思議なコードは、いま大変なスピードで解明されておりまして、人間のDNAも、とりあえずほとんどが解読されたのだという。 でもでも、これもまた不思議なことなのだけど、解読されてもなお、謎の部分が多いのだという。意味が分からないだけでなく、あちらこちらに「無駄」な部分や、単純な繰り返しなどがあるのだそうです。それはなぜなのでしょうか。

最近、なぜかスマホアプリの開発にすっかりはまっている私。
がらにも無くプログラムという作業に毎日没頭しています。

プログラムというものは、沢山のパーツがすべて組み合わさってはじめて正常に動作をする。ちょっと修正しては動作を確認する作業の繰り返し。チェック用のデバック文(☆1)をいれたりもする。また以前のバージョンをコメントアウト(☆2)して、残したりする。つまり、最終的には必要の無い情報が、あちらこちらに残る。

もしもDNAの書き換えというプロセスも、このようになされているのだとしたら。その結果できあがるものは、他人にとって「読みにくい」ものになるでしょうね。一部、意味不明なものも残るかもしれない。もしかすると「コンピュータでのプログラム」というものは、自然界における「進化のプログラム」と似ているのではないかしら。あくまで推測ですが。

次に生まれてくるときは、前世での間違いや、生物として環境に適応していなかった部分が修正されて生まれてくる。ちょうど「赤ペン」がいっぱいはいったテストの解答のようにね。そうだとすると、来生というものは、現世よりも「よりよいもの」になるはずってことかな。

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☆1:プログラムの動作を確認するためにプログラムの流れの目印になるような言葉や命令をいれておくこと。
☆2:間違っていたり不要になっても、消去しないで「いらない」というマークをつけて残しておくこと。

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