ラッキー・マン


人気絶頂だったキャリアさなかに、若年性パーキンソン病という重い病気を発症してしまった、マイケル・J・フォックスによる自伝です。「ラッキー・マン」という、この本の楽観的タイトルには、読む者を深く考えさせる何かがある。

十代から出演していたテレビ番組で磨かれた、コミカルな演技が素晴らしい、マイケル・J・フォックス。「バック・トゥ・ザ・フューチャー」で大人気となった。そんな彼を襲った病魔。はじめは右手の指の痙攣だけだったものが次第に広がっていった。その症状を薬で抑えながら、かなり長い時間、俳優の仕事を続けることができたという。この本には、彼の幼少期における父親との思い出から、この病気と闘った2003年までの体験が綴られている。

スクリーンに登場する、さまざまなキャラクターに変身しなければならない俳優には、「ほんとうは自分は何者なのか」という不安がつきまとうものだという。彼の場合も、それはどんどん増していったらしい。ごくごく普通の幼少期を過ごし、決して裕福ではなかった修業時代を過ごした彼にとって、ハリウッドでの成功は、常にどこか「はかない」一瞬の輝きのように思えていたのだという。

努力の末にせっかく手に入れた名声も、この病気のために崩れ去っていく。こんな厳しい現実を受け入れる課程で、彼は人間としての精神的な脱皮をとげ、普通の人間が普通に暮らしていたのでは、とても気づけないような、人生の真実に触れていく。この本には、そうした精神の貴い輝きがあふれていると感じました。

「時間や失ったものをあれこれ思い煩うのではなく、一日一日を大切にし、前に進み、なにか大きなことが起こっていること、なにごとにもそれ自体のタイミングやバランスがあるのだということを信じることが大切だ(☆1)」

健康でいて、何の障りもない一日を過ごしていても、僕なんかは、つまらない小さなモノゴトにこだわっては、イライラしたり、人にあたったりしている。マイケル・J・フォックスがこの本に残した物語を読めば、僕たちの生活の質や、こだわりなどというものは、一瞬でひっくり返ってしまう。まさに頭が下がる本です。

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☆1:「ラッキー・マン」 マイケル・J・フォックス著  入江真佐子訳 p.316

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