書き写す
文章を書き写す、ということを滅多にしなくなった。
映画「活きる」の原作者、余華(ユイ・ホア)は、少年期にはほとんど本を読んだことがない。当時の中国では外国の書物などが手に入りにくかった。やっとの思いで借りることができたデュマの「椿姫」。たくさんの人の手をわたってボロボロだった。読みたくて読みたくて、丸ごとノートに書き写した。たった一日しか借りることができなかったので、それを友達と交代で、ふらふらになりながら徹夜で書き写した。
勝海舟も「氷川清話」で同じような思い出話を語っている。どうしても手に入れたかったオランダ語の辞書。あまりに高価で金策が追いつかずにいる間に、他人が先に買ってしまった。それを頼み込んで、夜の間だけ借りて丸ごと書き写した。朝には返却し夜にまた借りる。それを繰り返しながら、ついに二冊分コピーを作ってしまった。一冊は売却して、その辞書の借賃にあてた。
今や、たとえコピー機でコピーしていても「遅いー」などとイラつくことがある僕たち。その後、中国を代表する作家となった余華氏。オランダ語を駆使して世界を相手にした勝海舟先生。彼らの方が、作品をずっと深く理解し、その滋養を身に浸透させていたのは間違いない。