新聞王は1931年式ロードスターを買った


1931年式フォード・ロードスターである。長崎新聞文化ホールの玄関に展示されていた。展示プレートの写真を撮り忘れたので、正確ではないが、確か何代目かの社長が外遊の折に買い求めたものらしい。(☆1)長崎新聞は、明治12年(1889)、当時長崎で唯一の日刊新聞だった保守系の「鎮西日報」に対抗して創刊されたという。(当時の名前は長崎新報)

当時の日本人にとってどれだけ高価なものだったのか想像もつかない、こんなすごいものを購入できたのだから、新聞社の社長といえばそれは、大変な勢いだったのだろう。新聞こそが、近代日本を切り開いてきた情報革命の中心だった。そんなことを、このワインレッドに輝くマシンが語っているような気がする。

この長崎新聞文化ホール(アストピア)は、路面電車の浦上駅から徒歩数分のところにあった。長崎では「しおかぜ総文祭」という高校の文化部の全国インターハイのようなものが開催中であった。ここでは、その中の「新聞部門」の展示が開かれていたのだ。全国から集まった、高校生による新聞部の活動を一堂に見ることが出来た。

ちょうど隣の「ブリック・ホール」では、吹奏楽部門が開催中で、そちらと比べると、少なからず地味な様子ではあった。展示を見て、喫茶コーナーで一息つきながら、なんだか、メディアの潮流の変わり目について考えてしまった。新聞。ニュースペーパー。

この紙とインクのメディアは、これからどうなっていくか?

折しも、この8月にはニューヨーク・タイムズが傘下の地方紙大手ボストン・グローブを大リーグ・レッドソックスのオーナーに売却。ワシントン・ポストはアマゾン・コム創業者のジェフ・ベゾス氏に売却されることが決まった。週刊誌でもニューズウィークが米ネット企業IBTメディアへの身売りを8月に発表。

日本では、まだこうしたドラスティックな展開は見られないものの、新聞の行く末が案じられるこの頃だ。いまだにネット上の情報の第一次ソースが新聞であることは変わらない。でも、先日の東京オリンピック開催決定のニュースは、その日の朝刊に掲載されることは無かった。

古い人種の私は、どうしても紙に印刷された新聞が好きだ。切り抜きをすることもできるし、電気がなくともどこでも読むことが出来る。しかし、時代の変わり目が着実に近づいているということ。それは新聞社自身が一番よく知っているのだろう。いまこそガンバ! 新聞。

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☆1:詳しくはこういうことだそうです(プレートの写真見つかりました)

ヤクルト社長で長崎新聞社長であった、故松園尚巳氏が、ブラジルヤクルト設立のために社屋用地としてサンパウロの農家の土地を購入。その際に、農家の主人が所有するクラシックカー4台も目にとまり、結果的にこの農家ごと買い取った。これはそのうちの一台である。ヤクルトは長崎で創立されたのだ!

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